#100:スパシアーの研究室(二)

「おしごとで一緒だったんですよ」
 そう答えると、少しだけ遠い目で
「でも、もう……二十年以上も前の話ですけどね」
 と、スパシアーは付け足した。
 そうですか、と頷きながらアークはそこはかとなく疑問を浮かべた。
(……いくつなんだ、この人?)
 二十年以上前に『仕事』で会っていたというと——三十は過ぎているのか?
 そんな疑問は我関せずとばかりにマイペースな感じで、スパシアーはミルクパンでミルクを温めながら言う。
「でも、さすがレグルスさんの息子さんですね」
 ぐっと。細腕を力こぶを作るように曲げて見せたスパシアーは
「ものすごく強い騎士だって、噂で持ちきりですよ」
 と、笑ってみせた。そして、それを聞いたアークは即座に首を振った。
「そんな……私など、まだまだです」
 くすっと、それを聞いて笑いながらスパシアーはカップに半分くらい暖めた牛乳を入れ、その上からブリキのうわずみ部分のコーヒーをそっと入れる。
 どろっとした感じのコーヒーがミルクと混じり、茶褐色のカフェオレができあがった。
 うん、と満足げに頷いたスパシアーはにこやかにカップをアークに手渡した。
「はい、おまたせしました。さめないうちにどうぞ」
「ありがとう」
 アークは一口、カフェオレを飲んだ。
 コーヒーの香りとミルクの香りが渾然として鼻腔をくすぐり、深入りして苦みが強いコーヒーをミルクが柔らかくぼかし、砂糖の甘みでうまく結びつける。
 それは、絶妙の風味のカフェオレだった。
「これは美味しい」
 なんとも満足げに言うアークを見て微笑んだスパシアーは
「じゃ、わたしもいただきます」
 と、言い置いて、ふーふーと二回ほど息で冷ましてから、自分でもカップに口をつける。
 そして、一拍の間を置いてスパシアーの口元が幸せそうに緩んでいく。
「ふう」
 と、カップから口を離し息をついて、満足げににっこりと微笑みながら頷いた。
「やっぱり、疲れたときにはカフェオレですね」
 そもそも、カフェオレなるものを初めて飲んだアークだったが、なんとなく言いたいことがわかった気もしてスパシアーにつられて微笑んだ。
「そうですか」
「そうなのです」
 アークの言葉に、芝居がかった感じで頷いてみせるスパシアーであった。
 もっともらしい表情と口調で言う彼女に、アークは楽しげに微笑んだ。
 そして。
 場も和んだところで疑問をぶつけてみようと、アークはスパシアーに向き直った。
「父を二十年以上も前からご存じだと言うことですが?」
「はい。まだ、アークトゥルスさんは生まれてなかったんですよ」
 そうですか……と。
 聞きたいことは、別にあるのだが上手い聞き方がわからない。
 そもそも、女性に年齢を尋ねるのは失礼だと言うが——では、どうすればよいのか?
 そんなアークの様子を察したものか、スパシアーはすこしいたずらな表情を浮かべながら言う。
「そうですねー。あのころには、まだ生まれてなかった男の子がこんなに大きくなるんですもんね?」
 そこでちょっと間を空けて、スパシアーは付け加えた。
「私も四十三歳になっちゃうわけです」
「——えッ!?」

 アークにしては大変珍しい狼狽ぶりで、目を思いっきり見開き驚愕の表情を浮かべた。
 そして、目を丸くしちゃったスパシアーに向かって、慌てて頭を下げる。
「い、いや……失礼……」
「いいですよ。若く見られる分には嬉しいから」
 うふふ、と。
 まんざらでもなさそうに笑うスパシアーに、アークはなんとも恐縮しながら言う。
「てっきり……自分よりすこし上くらいかと」
 それを聞いて、心底おもしろそうにスパシアーはころころと笑った。
「それはちょっと言い過ぎです」
 そして、にやーっと笑ってなおも恐縮するアークの顔を見る。
「わたし、二十五歳とかになってしまいますぞー」
 下手をすると、そのくらいの子供がいてもおかしくないですよと。
 やや苦笑気味に笑うスパシアーに、アークは赤面しながら言う。
「いや、すみません……そんなに若い女性と父との接点が見あたらないなと思ったのですが」
「大丈夫、だいじょうぶ」
 と、手を横に振ったスパシアーだったが、クスリと笑ってこう付け加えた。
「昔のおとうさんも、こんな感じでしたから」

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