#103:ガレノス執務室(一)

 古い石造りの建物だった。
 白っぽい石灰岩の外壁は、長年の風雨にさらされて独特の風合いをみせている。
 その表面に這うツタが、年月の重さをより強く感じさせていた。
 隣家との間もあまり空いておらず、王城よりほど近いところにあるとは言え特段豪華な感じなどないこの家こそが、帝国技術総監にして帝国宰相代理を務める聖イリオン帝国の重鎮——ガレノス翁の住居兼研究所だった。
 その研究所の二階、ずいぶんと年季の入ったドアをノック——しようと思ったら、思いっきりドアが開け放たれていたので
「失礼しま〜す……」
 と、スパシアーは声をかけながら中に入っていった。

 部屋の中にはいかにも耐久性勝負で作られたとおぼしき机と椅子。
 そして、奥の椅子に腰掛ける老人が手元の書類に向けていた顔をおもむろに上げた。
「おお、スパシアー君か」
「こんにちは、ガレノスさん」
 スパシアーは老人——ガレノスに挨拶しながら、執務机の前まで歩く。
 そして、手にした書類のファイルを掲げながら書類や書物で溢れている机上に空間を探した。
「頼まれていた、集計がおわりましたよ」
「お、すまんな」
 目を迷わせること数秒。どうしても場所が見つからなかったので、やむなくスパシアーは書類をガレノスに手渡しする。
 ガレノスは書類を受け取ると、書類の山の中で比較的標高が低い部分にその書類を置いた。
(一気にくずれたりしないかしら……?)
 半分期待をこめながら、心配げに書類の山を見るスパシアーに、ガレノスはため息まじりで切り出した。
「もうすこしのんびり研究をしていたいが……どうやら、そうもいかぬ」
 ふう、と。
 もう一回ため息をついて、椅子から立ち上がり腰を伸ばしたガレノスは
「できるときに一気にやっておかねばな」
 と言いながら、執務机から応接机——ただの事務机と椅子だが——の方に歩いて来た。
「まあ、かけたまえ」
「ありがとうございます」
 スパシアーは頭を下げると、これまた年季の入っている椅子に腰掛ける。
 この家のものは——家そのものも含めて古いものばかりなのだが、その代わりにとても丁寧に手入れ・掃除されており、見ていてみすぼらしさや不潔感を感じることはない。
 ガレノスはスパシアーの向かいの席に腰掛けると、執務室の端の方に視線を向けた。

「るんるんるん♪ るるるんるるる〜♪」

 そこには上機嫌に鼻歌を歌いながら、拭き掃除をしている少女がいた。
 年の頃は十二〜三歳と言ったところだろうか。
 小柄で細身なからだを黒のエプロンドレス——いわゆる『メイド服』と呼ばれるものだ——で包んでいた。
 あまり細かいことを気にしないのか、やむない事情なのか分からないが、そのエプロンドレスは明らかにサイズが大きく、肩は落っこち気味で、裾は地面に擦りそうな上に長い袖も分厚く折り返している有様である。

 ガレノスは、少し表情を和らげてその少女に言った。
「エニアック、お茶を入れてくれんか。二人分だ」
「はい、お父さん!」 
 明るく笑顔で返事をして、小走りでティーセットの方に向かう少女——エニアック。
 すでに沸かしていたお湯でお茶をいれ始める彼女をなんとなしに見るスパシアーの視線に気がついたのか、ガレノスは上機嫌に言う。
「ちと、アルゴリズムを変更したのだ。だいぶ自然になっただろう?」

公開 : (1366文字)

ページトップ