#104:ガレノス執務室(二)

「そうですね」
 ティーポットに茶葉とお湯を入れ、ポット全体をティーコジーで包み、蒸らす。
 その隙に、余ったお湯でカップを温めつつ、純銀製のストレーナーを用意する。
 そんな紅茶をいれる一連の作業をてきぱきと、エニアックは実に表情豊かにこなしていた。
 湯の量を量るときには『うーん……』とか言いながら、片目をつむって湯量を確認し。
 熱した鉄瓶を触ったときは『あつっ!』と驚いた顔を見せ、耳たぶをつまんで指を冷やす。
 そんなエニアックを見て、スパシアーは苦笑した。
「グラーディアスとは、全然ちがいますね」
 スパシアーの感嘆の声を聞いたガレノスは愉快そうに笑った。
「確かに、グラーディアスが茶を入れているところは想像できんな」

 エニアックはスパシアーのグラーディアスと同じ、言魂で動く人形である。
 最初から命令を与えておけば、マスターが付きっきりでなくともひとりで動く。
 だが。
 見た目からして完全に戦闘に特化したグラーディアスと異なり、家事などもこなすエニアックの能力はかなり人間に近いもので、外見も相まって言われなければ人間だと思う者がほとんどであった。
 同じ『言魂人形』でも、ずいぶんとタイプが違うものである。

 そんな話をしているところに。
 紅茶を入れている最中のドタバタした様子とは一転して『おすまし』した顔で、エニアックが紅茶を持ってきた。
「どうぞ、スパシアーさん」
 カチャリとも音を立てずに、ティーカップがスパシアーの前に置かれる。
 ルビーのような見事な水色の紅茶が、シンプルだが上品なティーカップに注がれていた。
 スパシアーはエニアックに向かって柔らかく微笑む。
「ありがとう、エニアック」
「どういたしまして」
 にっこり。
 実に良い笑顔でスパシアーに微笑み返して、エニアックはガレノスの方にも紅茶を出した。
「お父さんも、どうぞ」
 ティカップを受け取ったガレノス。少し目を細め、エニアックを見る。
「ありがとう。掃除を続けてくれ」
「はい!」
 笑顔のまま一礼して、エニアックは先ほどまで掃除していた場所へと戻っていった。
 その背中を、スパシアーはじっと眺める。
「……本当に人間のようですね」
 それを聞き、ガレノスは満足そうに頷いた。
「ようやく、ここまで仕上がったな」
 遠くを見るように目を細めて、ガレノスは掃除をするエニアックの後ろ姿を見た。
「プロトタイプの失敗、素材と構造から選定し直し……うまく行かぬときは、とことんうまく行かなかったな」
 これだけのものを作り上げるのに費やした年月と努力はいかばかりか。
 棚の拭き掃除を終了し、今度は書架にハタキかけを始めたエニアックを気がついたら、ガレノスとスパシアーの二人で眺めていた。
「救いだったのは、スパシアー君のプロトコル開発が順調に進んだことだ」
 そう言って、ガレノスはカップに口を付ける。
 水色もだが、味も絶妙の紅茶が舌に心地よかった。
「わたしが作ったのは基礎コマンドセットと制御系ですから」
 ガレノスの言葉に、スパシアーはすかさず首を横に振った。
「ここまで人間に模したアルゴリズムを組んだのは、ガレノスさんの頑張りのたまものですよ」
 高いところにハタキをかけようと、ぴょんぴょんジャンプしているエニアックを見る二人。
 この建物が、いつも綺麗なのは——ひとえにエニアックの頑張りのたまものであるのだろう。
「私は言魂を操れないからな。スパシアー君のプロトコル理論には、本当に助けられたぞ」
 と、ガレノスはしみじみと呟き。ゆっくりと味わいながら、紅茶をすすった。

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