#108:ゴート執務室(二)

 この一言は、皇帝近衛騎士にして、帝国騎士団団長であるゴートの目を一発で点にする破壊力を秘めていた。
 そして、その反応は織り込み済みだったのか。
 若者は愛想良く笑いながら、絶句しているゴートに向かって立て板に水を流すがごとく勢いよく話し出した。

「名前はアリゼって言います。天涯孤独の風来坊。木の股から生まれたって話ですよ——親父もよほど不自由してたんでしょうね。蚕魂の職人で、今は旅の商人をやって生計を立ててます。ただ、ミュートス狩りが始まって、なんともミュートスで帝都のまわりをうろついてると物騒なのでやってきました。蚕魂の腕もミュートスの腕も立ちますし。それに加えてこんなにいい男ですし。いろいろと使い手があるとおもいますので、どうか狩るのは考えていただきたいんですが……」

 もみ手のひとつもしながら、すらすらと話す若者——アリゼをゴートはあきれ顔で眺めながら
(要するに『はぐれミュートス』ってヤツか)
 と、心中で合点をする。
 聖イリオンが建国から三百年を数え。
 不倶戴天のミュートスとも、いつの間にか血が混ざり合っていたものか。各地で生まれてくる子供の中に突発的にミュートスの子供が生まれてくることがあった。
 そんな望まれずに生まれたミュートスたちを『はぐれミュートス』と呼んでいた。
 なにせミュートスは『帝国の敵』。それらの子供は存在をひた隠しにされて、子供のうちに故郷を追放されてしまうケースがほとんどである。
 そうしたはぐれミュートスの多くは子供のうちに命を落としてしまうのだが、ごくまれに大人に成長して商人のキャラバンの中に紛れ込んだり、ミュートスの隠れ里に流れ着き、そこに隠れ住んで一生を送ると言う例も見られる。
 いずれにせよ、イリオンの街ではミュートスであることは隠しきらねばならない。
 その点ではこのアリゼという男は、調子は良いが肝が据わっていると言えよう。
 そして、しばらく考えた後でゴートは言った。
「分かった、イリオンでは俺の元にいればいい。俺の食客と言うことで通す」
 ありがとうございますっ! と元気に頭を下げるアリゼに、ゴートは
「その代りに条件がある」
 と、告げた。
 それを聞き、尻を押さえて緊張の面持ちになるアリゼにゴートはこういった。
「ミュートスであること……というより、言魂使いであることを隠してくれ」
 言われたアリゼは、少し目を丸くする。
「いいですけど……何故です?」
 言魂使いは山ほどいるのに何故、と不思議そうなアリゼにゴートは答えた。
「目立って貰っては困る。実は今、俺の屋敷には他にもミュートスが出入りしてる」
 少し考えて、補足を入れる。
「まあ、ロゴス使いの戦士に化けてたり——バレバレだがな。王家公認で預かって修行に励んでるのもいたり、戦士であればそんなに目立たないんだが」
 そこまで言って、妙に派手なアリゼの服装をゴートはジロリと見る。
「お前はどう見ても戦士には見えないからな」
 そんなゴートに、アリゼはニヤリと笑ってみせた。
「こう見えて、ケンカじゃ負けたことないんですよ」
 ほぉ、と感心げな顔になったゴートに悪びれもせずにアリゼは言った。
「最後にケンカしたのは五歳のときですけどね」
「……あくまで商人崩れの情報屋で通せ」
 と、ゴートはため息をついて言った。
 そして、緊張する必要もないと読んだのか、襟元をくつろげながら腕を組んでアリゼを見る。
「ミュートス狩りはそんなに厳しいのか?」
 そりゃあもお、と。目を丸く見開きながら、アリゼは熱弁を振るった。
「ミュートスの里から仕入れしてた野菜売りの仲間がいるんですがね。帝国の兵隊に焼き討ちされて里ごと焼かれて商売にならないなんて言ってました。他の仲間も、槍を担いだ兵隊さんからミュートスの里をしらないか聞かれたり。この間も市場のど真ん中を普通に戦士の一団が通ったりしてました。おっかない表情でおっかない武器をたくさん持ってたから、どこかを攻めに行くんですよね?」
 そして、何かを思い出したのか不満げな表情になる。
「せっかくなら、何か買っていけばいいのに。ふざけてますよね」
 そんな、行軍中に気ままに買い物をする軍隊があるか、と苦い表情になるゴートにアリゼは一拍間を置いてから言う。
「それと、人間がモンスターになって人間を襲ってるって話も聞きましたし。ミュートスだったりモンスターだったり兵隊さんだったり……あちこちで人間同士殺し合って、最近はなんだか世も末ってくらいに物騒ですね」
 ピクッ、と。ゴートの眉がアリゼの言葉を聞いて動いた。

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