#109:ゴート執務室(三)

「……人間がモンスターに?」
 はい、と。頷いてから、ゴートが知らぬ風なのを見て取ったアリゼは
「全体的に見た目は人間なんだそうですけどね」
 と、細かく説明を始める。
「右腕が凶暴な獅子で、左腕が見ただけで鳥肌が立つような大蛇になってるとか。おまけに、頭から角が生えていて人間を襲うらしいんですよ」
 顎を組んだ手の上に乗せ、ゴートは黙って話を聞いている。
 アリゼ、そこまで言うと苦笑いしながら首を振った。
「……自分で話してて、本当に人間かどうか疑問なんですが。実際に見た知り合い曰く、襲う前に話をするらしいんですよ」
 話ができるってことは人間ですよね、というアリゼにゴートは瞠目して尋ねた。
「普通に話をしていたのか? モンスターが?」
「ええ。帝国の軍団とやり合っているのを、たまたま仲間の商人が見たらしいんですがね。『帝国の狗め』『一人残らず、死ね!』なんて言ってから襲いかかったらしいんですよ」
 アリゼ、それからなんとも嫌そうな顔で話す。
 (そいつがアークトゥルスの言っていた——キマイラだな)
 返答が無いことに、ちょっと不安げな表情を見せるアリゼをよそに、ゴートはなおも思索の海に深く潜っていく。
(アークトゥルスの報告にあった……兵士の死体に付いていた傷跡の状態とも、憎しみで帝国兵を襲っていることとも——つじつまが合う)
 眉根を寄せ、不機嫌そうにゴートは歯を剥いて、やや激しめに息を吐き出した。
(……人間のモンスター、とはな)
 な、なにかまずいこと言いましたか?
 そんな感じで焦っている風のアリゼに、ゴートは向き直ってゆっくりと頷いた。
「引き続き何か分かったら教えてくれ」
「わかりました!」
 不必要に良い返事のアリゼに一瞥をくれ、ゴートはペンとインクを手元に寄せた。
「とりあえず、今日のところは身体を休めてくれ」
 ゴートはさらさらとペンを走らせると書類を丸めて蜜蝋で封を……しようと思ったが、面倒になったのか手頃な紐で結んだ。
 そして、所在なげに立っているアリゼを手招きならぬ顎招きしてデスクの前に呼び寄せる。
「これを入り口の衛兵に渡せ」
 差し出された書類を受け取り、アリゼは深々と頭を下げる。
「急な話で、すみません。精一杯働きますんで、よろしくお願いします」
 その殊勝な言葉を聞いて、なんとも含みがありそうな表情で、ゴートはニヤリと笑顔を見せた。
「——では、じきに色々働いて貰おう」
 嫌な予感にアリゼが軽く身を震わせるのには別段頓着せず、ゴートは深々と椅子に腰をかけ、目を細めた。
「ゆっくり休め」
「はい、失礼します!」
 コメツキバッタのように頭を下げながら、アリゼはゴートの執務室を後にした。

 そして、扉を閉め。
(ふう?、うまく行ったよ……)
 アリゼは汗をぬぐい、長く深いため息をついた。
(しかし、おっかない人だったなあ……その場で狩られるかとおもったよ) 
 それから、手にした書類を軽く振って、軽い足どりで歩き始める。
(でも——思いつきでここまで来たけど、何とかなるモンだねぇ)
 そして、辺りを見回す余裕も出てきたものか。
 すれ違ったメイドに、やぁ元気!? とか手を上げながら、アリゼはつい数日前の記憶をたどっていた。

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