#110:宿場町ーー数日前(一)

 イリオンの城下から徒歩で一日弱。
 東方へ延びる街道の宿場町に開かれたマーケットは、この日も賑わいを見せていた。
 街道の両脇にテントを張り。使い古した敷物の上に、これまた使い古した台を置き。
 旅の商人達は、思い思いに自慢の商品を販売していた。

「さあさあ、忙しくない人は寄ってって! 威勢良くいきますよ、奥さん!」
「そのあとは、もお……腕に付いてる獅子の牙で兵隊さんの喉を食いちぎりながら、蛇の腕で絞め殺しながら、頭の角で刺し殺しながらって……もお、やりたい放題だって言ってました」
 その惨劇を想像したのか、ゴートの眉根に深い皺が寄る。それを身振り手振りで説明したアリゼは、ふうっと軽く息をついた。
「結局、そいつは『【一人残らず】って、俺のことも勘定に入ってンじゃねぇだろうな!?』ってすっ飛んで逃げてきたらしいんですけどね」
 やっぱり、兵隊さんは食べられちゃったんですかねぇと言うアリゼの言葉を聞いて、ゴートは腕を組み深く考え込む。
 そんな中、軽い調子でアリゼが啖呵を切っていた。
 派手な服装、喧噪の中でも不思議と通るリズムの良い声は、彼のスペースの前に通りすがりのお客の足を止めさせていた。
「蚕魂の産地ヴェロネスで修行した職人の蚕魂製品直売ですよ! お金のある人は見てってくださいよ! お金がない人はどっか行って。冷やかしOK。枯れ木も山のなんとやらってね!」
 台の上にずらっと並ぶのは、彼が織り上げた蚕魂製品の数々。
 手袋からハンカチ、スカーフから。大物では敷物やマントまで色とりどりの織物が並び、それだけでも目を楽しませるのに充分だった。
「なんと言っても、職人直売ですからね! それも手間のかかった自信の作品で、そこらの大店じゃぁ十五が十三、十二ドラクマはくだらない品物ばかりだ」
 職人、のところで自分を親指で指したアリゼは芝居がかった仕草で辺りを見回す。
「高い値段でも充分通る良い品物だけど、ぐるっと見回したら貧乏人しか眼に入らないと来てる。ふざけてるなぁ?」
 おどけた拍子のアリゼの啖呵売に、数人のおばさま方がクスリと笑う。
「でも、ここで貧乏人の相手をしないって帰って行ったら何にもならない。ここのスカーフは全部、十ドラクマ! どうです、奥さんキリがいいでしょ!?」
 と。いきなり振られた『奥様』は思わず苦笑いで首を横に振った。
 それを見て、うーんと考え込む風のアリゼだったが、口はまるで止まる気配を見せなかった。
「ダメですか? よおし、それじゃあ八ドラクマだ! これでダメなら、僕は稼業三年の患いと思ってあきらめます」
 人間不思議なもので、十ドラクマと八ドラクマだと印象がガラっと違ってくることがあり。
 ことに十ドラクマ硬貨を出して品物しか貰えないのと、品物をもらった上にドラクマ硬貨が二枚貰えるのとでは『奥様方』の財布から出るお金の重さが違ってくる。
 そして八ドラクマの声に、あらっと身を乗り出す風にして商品を見出した奥様方に、パンパンと軽くリズム良く手を打ってアリゼはここぞと口を回し続ける。
「はい、気になる物があったら手に取ってね! ここにあるしか無いんだから。売れちゃってから『ヤッパリこの間のが気になったから作ってよ』って言われてもこっちは口は回るが手が遅い。できあがるのなんていつになるかわかりゃしないですからね。早い者勝ち!」
 この頃になると。
 お客がお客を呼ぶような感じになり、 最初の頃よりも人だかりは多くなっている。
 旅商人の隠語で人を集めるのを『ジンを〆る』と言って、大勢の人相手にする商売を『大ジン』と言う。今のアリゼはまさに大ジン。啖呵売は絶好調ならぬ絶口調。目の前の多くのお客を相手に、口八丁手八丁で一気にトークを加速させる。
「ほら、肌触りも良いでしょう。柔肌の熱き血潮に触れもみで、我泣き濡れてカニを頬張るってね。何のことだか分かりませんが、ともかくコレは良い物ですよ!」
 そして、狙いを決めたものか。両手にスカーフを持っている奥様に、威勢良く畳みかける。
「八ドラクマに、この腕輪も付けちゃおう! どうです、奥さん……『買っちゃおう!』」
 奥様、一瞬ハッとした顔になり。次の瞬間、にっこりと笑って巾着を取り出した。
「じゃあ、これ。いただくわ」
「ありがとうございますっ!」
 そして、アリゼ。品物を受け取ると笑顔で他のお客さんを見回す。
「さあ、今日初めての売り上げだ。縁起モノだァ! みなさん、お手を拝借。一本締めで!」
 いよーっ……パン!
 その場のお客さん全員が一本締めで手を鳴らした後、楽しげに笑いながら拍手する中、最初の奥様は支払いを済ませて帰って行く。
 その後のお客さん達が次々と品物を選ぶのを、アリゼは手際よく捌いていくのだった。

公開 : (1949文字)

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