#111:宿場町ーー数日前(二)

 そしてお客さんの波が通り過ぎ、ふうっと、一息つくアリゼだったが
「——ガキの頃には『人前でミュートス使うんじゃない』って言われたけどさ。こういう使い方なら、いいよねぇ?」
 と、周りに聞こえぬように小声でひとりごちた。
 空を見上げると天気は良く、辺りを見回すと人も大勢出ていて、アリゼを始めとする旅の商人たちは今まさに稼ぎ時だとばかりに声を張り上げる。

 そして、不意に空気がざわめいた。
 のどかだった雰囲気が、一転して剣呑な空気に変わる。
 アリゼもそれに気がついたのか、片眉を上げてあたりを見回した。
(ん? なんだい、俺のファンでもやってきたのかな?)
 割と本気で、そんなことを考えたアリゼは伊達っぽく目をつむってうつむくと、髪をかきあげてニヒルに笑う。
(まいったな……おや?)
 顔をあげたアリゼの目の前を、整列した兵士の集団が通っていた。
 新兵らしき若い兵士も目立つその一団は、まるで軍事パレードのごとく足並みを揃えて歩いていく。
(いやあ……こんなファンはこっちから願い下げだな)
 ものの見事にむつくけき男性集団である帝国軍兵士の一団を嫌そうな顔でアリゼは眺めた。
 全員、鎖を着込んでいるのか足取りは重く。列の後尾には破城槌や大きな弩を積んだ荷車まで続いている。
(しかし、なんだろうこの物々しさ)
 無駄口を叩いたら死ぬとばかりに、口をへの字に結んで歩いていく兵士たち。
 道を開ける人々には視線すらくれずに、まるで軍用道路であるかのような横柄さでマーケットのど真ん中を突っ切るように進軍していた。
 そんな一団を、アリゼは不平不満が表に出たかの如き表情で見送った。
(せっかくだから何か買ってけばいいのに、ふざけてるなあ)
 暖まった場がすっかり冷め切ったのを感じて、ため息をつく。
 その横に、同じく忌々しげな表情でため息をつきながら、野菜売りの仲間が歩いてきた。
「またミュートス狩りかよ。商売あがったりだ」
 ふざけんなって、と。
 舌打ちの一つもしている仲間に、アリゼは尋ねた。
「知り合い?」
「冗談じゃねぇよ」
 そして、余程に鬱憤がたまっていたものか、野菜売りは腰に手を当てふんっと鼻息一発。
「俺のよ、仕入れ先が山の中のミュートスの隠れ里だったんだよ」
 と、アリゼがいろいろと聞く前に話し始めた。
「作ってる作物も種類が多いしよ。値段は安いし、仕事は丁寧だし、オマケに言魂ってのか?あのお陰で成りっこもいいときてる」
 ふんふん、と。
 比較的お気楽な感じで先を促すアリゼに、憤懣やるかたない感じで
「こいつァいいやと重宝してたらヨ、この間ミュートス狩りの連中に焼き討ちされたみたいで……家は全部焼けて里にはだーれもいねぇ。すっかり廃墟になっちまってた」
 と、最後のほうは少し寂しげな口調で言い終えた。
 そんな話を聞いて、さすがに眉根を寄せて渋い表情になったアリゼだったが、野菜売りはアリゼ以上に眉間に皺を寄せてハァーっと長いため息をついた。
「気の良い奴らだったのに……皇帝さんも何考えてるのか全然分からねぇやな」
 年寄りばっかだったんだぜ、ミュートスだからって帝国に仇なしてどうのってワケねェやと。
 ひたすら怒る野菜売りの顔を見ながら
(やばいなあ……俺も焼き討ちされたら死んじゃうもんな)
 と、ミュートスであることを隠しながら——こっそりミュートスを使ったりもしながら——帝都から数時間のところで気楽に商売しているアリゼは改めて我が身の起き場を考えて軽く身震いした。
 当然、討伐の兵が出ているということは探索の手も至る所に延びているわけで。
 なにも考えずに、いい町だからとのんきに商売をしている場合ではなかった。 
(まずいなあ。死んだら生きられないから、よく考えないと)
 どうにかしなきゃ。

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