#112:宿場町ーー数日前(三)

 そんな感じで、うーんと腕を組んで思案に耽るアリゼに向かって、野菜売りはなおも語り続ける。
「どだい、強引な話なんだよ。『言魂戦争』ったって、ミュートスが弱くなりすぎて戦争にならないだろうに、思い出したらやるって感じでよぉ」
 アリゼ、それを聞いて深く頷いた。
(こっちは戦争なんてしてる覚えないのに、弱ったな)
 売られた喧嘩は転売するのが信条のアリゼであった。
 だが、さすがにこればかりは逃れようがないのかと、なんとも景気の悪い表情になる。
 そして、そんなアリゼの表情を見て我が意を得たりとばかりに、野菜売りはなおも語る。
「帝国騎士でもよ、マクラウド卿はミュートス狩りが嫌だって騎士を辞めたって話だぜ」
 帝国騎士全員が敵ではないのか、と。アリゼは興味深そうに食いついた。
「へぇ?……で、そのマクラウド卿ってひとは今なにしてるの?」
「さあな、ドコへいったやらだ」
 それじゃ、頼りにならないなあと。
 辛気くさい表情を再び見せたアリゼに、野菜売りは補足情報を入れる。
「お師匠さんのゴート卿は、まだ王城で騎士やってるけどな」
「ゴート卿? その人は辞めてないんだ」
「ああ、皇帝近衛騎士様だからな。偉いモンだ」
 出て行った騎士はともかく、あるいは師匠の方でも話が通じるのかもしれないと。
 期待の表情を露わにするアリゼに、なおも説明を続けた。
「ああ。ゴート卿もマクラウド卿も出が平民の、それも孤児だっていってな。先祖代々騎士一族なんて由緒正しい騎士のお歴々とは話が合わないことも多いって」
「ふうん……」
 たぶん俺もそういうお歴々とは話が合わないだろうなあ。
 そんなことを考えながら、アリゼは相づちを打つ。
「ずっと皇帝さんの近衛騎士なんだけど、新しく宰相になるかもしれないってトコでガレノスって医者崩れに政治で負けてヨ。今は他国と戦争でも起こらなきゃ仕事がないような職になっちまったって聞いたなあ」
 野菜売りは兵士が歩いていった方向をなんとなしに見ながら、情けない顔でふうっと苦いため息をつく。
「ゴート卿が宰相になってりゃ、こんな無駄なことしなかったンだろうけどヨ」
 浮き世離れした貴族の方々と違って、苦労人だからヨと言う説明に、アリゼはなるほどねぇと数回納得げに頷いた。
(これは——もしかしたら、お歴々と違って俺なんかの話でも聞いてくれるかもしれないなあ)
 と、期待を込めた目で帝都の方向を振り返ってみる。
「じゃあ、今ヒマしてるんだ?」
「そうはいっても偉い人だし。それなりに忙しいんじゃないかね?」
 と、言った後で何かを思い出したように野菜売りは言う。
「今は偉くなっちまったけど、ゴート卿は根っからの戦士でな。今でも、諸国から見所のある若い戦士を見つけてはスカウトして食客として育てていたりするんだよ」
 だから、そう言う食客の世話だけでも忙しいよなと。
 そんな説明を聞いたアリゼは、心中でハタと膝を打った。
(よし……俺もその人に育てて貰おう!)
 このまま市場にいても、見つかって狩られるのを待つばかりだと思ったアリゼであった。
(俺だって戦いの技も使える言魂使いだし。若いし、職人だし、なんと言ってもいい男だし。——スカウトされたっておかしくないだろう)
 とか。臆面もなく心の底から納得して頷いて見せた。
 そして、ふと。怖い考えが浮かんだアリゼはいたく神妙な表情になる。
(若い戦士って……そういうことじゃ、ないよな?)
 『そういうこと』のあたりで尻を押さえながら、アリゼは心中ひとりごちた。
 そして、野菜売りの親父には適当に話を合わせてその場を繕い、その翌日にはアリゼの姿はその町から消えていたのだった。

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