#117:練兵場脇

 そして子馬が立ち上がり、母馬がすかさず寄り添いいたわるように身体を舐めて清める様を見て、思わず目頭が熱くなり見守りながら涙を流してほーほけきょと言う話を、思い出しながらの感涙に目を潤ませて語り尽くした後で、アガトンはげっそりとしているクニスカに向かって興味深そうな表情をみせた。
「クニスカ卿はゴート卿のもとで帝国各地を飛び回っておられるとか」
「ええ、まあ」
 ようやく、愛想笑いする余裕もできたものか。にっこりと笑いながら、クニスカは心中でため息をついた。
(今まさに『飛び回って来い』テ言われたトコや……)
 ゴートとのやりとりを思い出して、クニスカはさらにげっそりとした表情になる。
「さすが、名家の誉れ高いクニスカ卿!」
 いきなり大声で叫ぶように歌うように言って、アガトンはクニスカをギョッとさせた。
 そして次の瞬間、芝居がかった仕草でうつむき加減に数回頭を振ってみせる。
「我らガレノス総監の配下では、ミュートス狩りの首位を賞金稼ぎの女戦士がとっている始末」
 くうっ……
 大げさな身振りと表情で、悔しさを表したアガトンであった。
「私はガレノス総監の護衛で帝都を離れられず、残念ながらミュートス狩りに参加できませんが、参加すればそのような風来坊には遅れをとらぬものを……」
 無聊をかこち、馬齢を重ね……といった具合に、きっと自分ではない誰かのせいで活躍できない身の上を大いに慨嘆した。
(誰かと交代して、行ってくればエェやんかいさ)
 半ば以上あきれ顔で立つクニスカに、アガトンは深々と頭を下げる。
「クニスカ卿、どうか帝国騎士の面目を存分に晴らしてきてください」
「ご丁寧に、どうも」
 さすがに苦笑しながら、クニスカも頭を下げる。
 そして、いい潮時と心得たのか。姿勢をビシッと正して。
「アガトン卿も、お体に気をつけて活躍なさってください」
 では失礼と、話を打ち切る意志を込めてもう一度頭を下げた。
 それを受けてアガトンは、大時代的な仕草で一礼した。
「帝都の空の下より、ご武運をお祈りいたしております」

 そして、お互い逆方向へと歩き出す。
 ふと振り返り、アガトンの姿が見えなくなったのを確認したクニスカは
(たまらんな、あの子は)
 はあぁ?っと、疲れたような溜息をついた。
 悪気はないのだろうが、それ故に何というか始末に負えないというか面倒くさいというか。
 典型的な『エェトコの坊ン』で、幼い頃から社交辞令だけは叩き込まれた成果であろう。
 年長者のクニスカに対して敬意を表してもくれているし、別段不快ではないのだがなんとも大げさな感じで居心地が悪い。
(てか、そんなトシ変わらンかったやろ確か?)
 アガトンは、ある程度の家柄を誇る貴族の倅の常として家柄などには実に敏感で。
 格上のクニスカの家柄を考えて、ひたすら低姿勢に接していたのだと悟ったクニスカ、呆れて天を仰ぐ。
(アークにはウチよりも家柄がエェて、もっとペコペコしとるもんな——騎士以外には、不自然なぐらいふんぞりかえってンけど)
 自分より格上の騎士には、へりくだって全力でヨイショして。
 下級貴族や平民出の訓練生には、ここぞとばかりに尊大な態度で接する。
 一般のイリオン市民に対しては、なにをか言わんだ。
 これはアガトンに限らず、王城城門内にいるような名門貴族の子女には多いタイプで、そうした騎士達は往々にして平民からの受けが悪い。
 ——別段、本人が偉いわけでもなく。ただ、生まれが名家なだけなのだが……
 そんなことを考えながら、クニスカは溜息をついた。
「……平和に『家柄』とか言うてる場合と違うねンけどなあ」
 困ったもンや、と小声でつぶやき。
 クニスカは旅支度をしに自宅へ戻ったのだった。

公開 : (1532文字)

ページトップ