#12:アルコン邸、居間

 とある森の奥深くに、こじんまりとした里があった。
 その里の古老で腕の良い蚕魂《こだま》職人であるアルコンの家に、メイミィと言う十四歳の少女がいた。アルコンの妻が亡くなって以来、少女は老人と二人暮らしをしており、炊事・洗濯などの家事一般はメイミィの仕事であった。
「わ!」
 ハタキをぱたぱたとかけているとき、勢い余って肘で棚の上の花瓶をたたき落とす。
 困ったことに……この家では、よくある光景である。
 メイミィは咄嗟に首に巻いたリボンをしゅるっとほどいた。

『——割れないで!』

 ごん。
 鈍い音を立てて、だが、割れずに床に転がった花瓶を見てメイミィはほっと安堵のため息をついた。床にぶちまけちゃった花瓶の中身については、仕方ないよねと瞬時に割り切ってみる。
 そして、背後からその様子を見ていたアルコンは苦笑しながら苦言を呈した。
「そんなことにミュートスを使うものではないぞ」
 あちゃ、と。
 見られてたことに舌を出したメイミィ。黄色地にかわいい猫柄の入ったリボンを結びなおすと、そそくさと花瓶と中身のドライフラワーを拾いあげる。

 発した言葉が真実になる、神秘の言魂——ミュートス。
 生まれついて能力を備える、選ばれた者のみが使うことができる言魂だ。
 メイミィはとりわけ言魂の力が強く、里でもっともその力が強いと言われていた。
 だが、それ故に……彼女が何気なく口走ったことが片っ端から真実になってしまうおそれがあるので、普段は力を抑制する蚕魂のリボンで力を抑えているのだった。

 そして、アルコンは右足をオーバーに引きずりながら、メイミィの前に歩いてきた。
「爺さま、足どうしたの?」
「すまん、メイミィ……ちょっと頼まれてくれぬか」
 そう言いながら、アルコンはちょっと情けない表情を作り足を指さした。
「ちょっと右足をひねってしまってな。薬草を採りに行かなければいけないのだが……ちと、この足ではな」
 メイミィはそれを聞くと、みなまで言うなと笑って見せる。
「しかたないなあ。わたしが行ってあげるよ」
「それは助かる。ありがとう、メイミィ」
 アルコンはその返事を聞くとにっこりと笑って、メイミィに頭を下げた。
「たくさんあるの?」
「いや、泉のほとりと森で全部揃うはずだ」
 と、いくつかのハーブの名前を告げ、アルコンは摘んだハーブを入れるカゴをメイミィに渡す。メイミィは、カゴの中に入れてあるメモ書きを見ながらアルコンに尋ねた。
「神殿の泉でいいんだよね?」
「ああ、そうだ。すまんな」
 じゃあ、ぱっぱっと行ってくるよと言うメイミィをアルコンは呼び止めた。
「気をつけて行ってきてくれ。モンスターも最近増えておるし」
 その言葉を聞いて、にっこり笑ってガッツポーズを作るメイミィ。
「言魂の強さはアンティのお墨付きだから大丈夫だよ」
 こと護身に関しても、言魂を使う限りはアルコンよりもメイミィの方が強い。
 歌うように軽やかにミュートスを紡ぎ、モンスターをばったばったとなぎ倒していくその実力ならば、いきなり四方を囲まれでもしない限り並のモンスター相手にメイミィが不覚を取ることはないだろう。アルコンはそんなメイミィを見て、安心した風に頷いた。
「——それと」
 と、少し間をおいてやたら雰囲気のある声でうつむき加減に
「あの泉には幽霊が出るそうな……」
 ほつれ髪を数本咥えて、アルコンは話し始める。それを受けてメイミィは
「もう、子供じゃないから怖くないですー!」
 と、皆まで言わせず。べーっと舌を出して見せた。
 その仕草と十四歳にしては小柄なからだを見る限り、それなりに子供ではないかと思うのだが本人は立派な大人のつもりらしい。
 難しい年頃である。
 そして、メイミィはピンクのワンピースの上に、お気に入りの黄色いケープコートを羽織ると、薬草カゴの持ち手を左腕に通して、アルコンに言った。
「じゃあ、行ってくるよ」
「すまんの、頼んだぞ」
 カゴを持って、入り口に向うメイミィをアルコンは再び呼び止めた。
「そうだ、メイミィ」
「なに?」
 振り返るメイミィに、アルコンはしれっと尋ねた。

「さっき、ワシはどっちの足をくじいたと言ったかな?」
「……左足だったかな?」

 トシを取ると忘れっぽくなっていかんな、と。
 メイミィの答えを聞いたアルコンは、聞いたとおりに左足をわざとらしくオーバーに引きずって部屋から出て行った。
 そして、メイミィはそのアルコンを見送って
「……素直に『摘んできてくれないか?』って言えばいいのに」
 と、ちょっと苦笑しながら
「じゃ、いってきまーす!」
 と、元気よく言い放って神殿の泉へと向かったのだった。

公開 : (1908文字)

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