#123:カリテア近郊、山中(五)

 とにかく、拳が当たるところまで進まないとジンにとっては埒があかない。
 余裕の表情で三、四メーター前方で立っているオデットに、ジンは巧みに走りこんで間合いを詰めようとする。
 だが。そんなジンに向かって、細く長い革紐を何本も編み上げたオデットの鞭がまるで生き物のようにしなやかに蠢き動きを制した。
 ジンの足下でオデットの鞭が地面を打ち、パン!という派手な音と共に地面が爆ぜる。
 そのことに、驚いて飛び退くジンを見てオデットは微笑を浮かべた。
(——とにかく、潜り込む!)
 息を詰め、一気にオデットの懐に駆け込もうとジンは突っ込む。
 そこに軽く手首をひねっただけのオデットの鞭が、唸りを上げる。
「うわ!?」
 強く鞭で打たれて、ジンは動きを止める。その隙に軽やかにステップしてオデットが間合いを取り直す——この繰り返しである。
(……なんとか、隙を見て行かなきゃ)
 呼吸を合わせ、ジンはオデットの様子を見て隙を探った。
 そして、一瞬の間隙と背後の灌木で思ったより飛び退けなかったオデットに、体当たりするような勢いで間合いを詰めて
「えいっ!」
 と、ジンは渾身の力で腕を突き出す。
「……ふっ」
 鋭く息を吐き。
 ジンの動きを完全に読み切っていたオデットは、素早く鞭を走らせた。
「ぐうっ!!」
 カウンターで鞭を喰らう形になったジンは、間合いを詰めるどころか思いっきり吹き飛ばされた。
「いまのは惜しかったね、坊や」
 オデットはそんな風に話しかける余裕を見せながら、悠然と間合いを取り直す。
 そして、苦痛に耐えているジンが膝に手を置き立ち上がる。肩を上下させてすっかり上がった息を整えようとするが、どうにも上手くいかない。
(こんな、はず……じゃぁ)
 アークと旅をしながら修行する毎日を送ってきた。
 鉄壁の防御を誇るアークから一本を取るべく、色々考えた——その攻撃が、動きがオデットにはまるで通じない。そもそも、武器を持った相手とやるのは初めてである。
(とにかく……止まっちゃ駄目だ!)
 対処が浮かばない焦りを表に出しながら、ジンはがむしゃらに突入を繰り返す。
 そしてその都度オデットにあしらわれ、ダメージだけが蓄積していく。
「坊や、頑張るじゃないか」
 マスク越しにも、からかうような笑みを浮かべているのが分かり、悔しさと歯がゆさにきつく拳を握りしめながら、ジンは腕で汗をグイッとぬぐった。
(……どうしたら、いいんだろう?)
 アークとの稽古では、アークはジンに攻撃させてくれていた。
 盗賊などと戦うときは、とくに苦労せずに間合いを詰めて攻撃を入れていた。
 しかし、今対峙しているオデットは具合が違った。
 攻撃を入れるどころか、マトモに間合いに入ることすらできない有様で。
 正直なところ——こんな手強い相手と戦うのは、まったく初めてのことだった。
(僕は……この人に勝てるのかな?)
 考えたとたんに、ジンの心に絶望的な恐怖にも近い感情が渦巻く。
 次の瞬間——正直、どうにもならないほどの実力差を感じながら。弱気を振り払うように、ジンはブンブンと頭を打ち振った。
(何とかしなきゃ駄目だ!)
 背筋を伸ばし構え直すジンは、なおも涼しげに立つオデットの隙を窺った。
 間合いは、相変わらず三、四メーター。鞭はさながら獲物を求める大蛇のように蠢いている。
 ——隙など、まるで見つからなかった。
「どうだい、そろそろあきらめたかい?」
「まだまだ!」
 叫んではみたものの……ジンの顔には焦燥の陰が色濃く浮かんでいた。
 かたや、焦りと困惑の表情で肩で息をしながら。なんとかする方法を模索するジン。
 こなた、余裕を通り越し。どことなく気の毒そうな表情で。無謀に無策で突っ込んでくるジンに向かい鞭を踊らせるオデット。
 戦いの優劣は、誰が見ても明らかであった。

公開 : (1568文字)

ページトップ