#13:神殿前の泉(一)

「るるん、るるるん♪ るるるる、るるりら〜♪」
 鼻歌交じりで、メイミィは泉のほとりに到着した。泉と神殿が一望できる彼女的にお気に入りのポイントで、ちょっと立ち止まってみる。
(いつもきれいだよね。壁も屋根も真っ白だなあ)
 とか、幼い頃から変わらない景色を眺めるメイミィ。もっとも、光の加減や風で泉が波打っていたり、同じようで違う顔を見せるのがこの神殿だった。
 今日の泉の水面は鏡のように静まっており、神殿の姿を逆さに映したその景色は見慣れたメイミィから見てもため息が出るくらいに美しかった。もう少し眺めていたかったが、そういうわけにもいかないと。メイミィはカゴからメモを取り出す。
(ベルベーヌ、ラベンダー、セージ、ヒソップ、セボリー……か)
 空飛ぶ薬でも作れそうな取り合わせのハーブリストを見ながら、とりあえずラベンダーとヒソップからやっつけようかな、と。メイミィは何気なく森の方を見た。
(……ん?)
 何か動いたような気がして、メイミィは手近な木の陰に隠れて身構える。そして、突然がさがさっと、遠慮のない音をたてて森の中から出てきたのは……道に迷っていたジンだった。
「……え!?」
 思わず口に出してしまい、慌てて自分の口を押さえる。木の陰から、メイミィは丸く見開いた目でジンを見る。
(同じ顔だ……!)
 まるで鏡を見ているかのように、ジンとメイミィの顔は似ていた。体つきも、十四歳の男子にしては小柄なジンと、十四歳の女子にしてはささやかなバストのメイミィ。正直、服装以外に見分けがつかぬほどである。
そして、メイミィは子供の頃からアルコンに繰り返し聞かされたおとぎ話を思いだした。

「あの泉には、幽霊が出るそうな……それも自分の幽霊がな」
 例によって、ほつれ髪を咥えて。やたら雰囲気を出した顔と口調でアルコンは話し出す。
「自分の幽霊を見た人間は、自分の幽霊に殺されてしまう」
 まだ、五歳くらいのメイミィは泣きそうな顔でアルコンを見ている。
「幽霊は殺した人間と入れ替わり。何食わぬ顔で里で暮らし始めるのだという……」
 その、なんともおっかないアルコンの話を聞いて
「ぜったい、しんじゃうの……?」
 と。半べそをかきながらおびえるメイミィにアルコンは決まって言った。
「もし、自分の幽霊を見てしまったら——相手が何か言い出す前に、思いっきり怒鳴りつけるんだぞ。『どこかに行け!』と、な」
「どなりつけるの……?」
 目を丸くするメイミィに、そうだと頷くアルコン。
「そうすれば、自分の幽霊はあきらめて、消えて立ち去るものだ」
 そう言って、もっともらしく頷くアルコンをすがるような目で見るメイミィ。
 そんなメイミィの頭に、優しく手を置いて。 
「覚えておくのだぞ……メイミィ」
 と、笑顔でアルコンが告げたのを……メイミィは忘れていなかった。

 息を殺して身を隠し、メイミィはジンの様子をうかがう。ジンはようやく見覚えのある場所にたどり着いた安堵からか、まるで周囲を伺うこともせずに泉のほとりを神殿の方に向かって、のんきな足取りで歩いていた。
 そして、その背後の木の陰で。メイミィは思い詰めた表情でジンを見つめていた。
(怒鳴りつけるんだよね……思いっきり)
 木の陰で、すうっと息を吸い込んで。
(……じゃあ……怒鳴りつけるぞぉ)
 しゅるっと。音がしないようにリボンをほどく。
(——言魂を乗せて!)
 バッと、音を立てて勢いよく木の陰から飛び出し、メイミィは瞬時にオーラを身にまとった。
「……え?」
 その気配に、さすがに気がついたジンがメイミィの方を振り返る。
 近づいてみてもなお驚くほどそっくりなジンに『絶対に自分の幽霊だ!』と確信をしてメイミィは気合い十分の大きな声で叫んだ。 

「『ハミングリズムっっっっっつ!!』」
「ぐはっ!?」

 元来はモンスターを撃退するときに使うようなミュートスが、それはもう容赦のない勢いでジンにスマッシュヒットする。全身にずしんと響くダメージに、ジンの動きがさすがに止まる。
 それを見てメイミィは、ここぞとばかりに一気に畳みかけた。
「『はみんぐりずむっ! はみんぐりずむっ!! はみんぐりずむっ!!』」
「ちょっ!? まっ…! うわっ!!」
 息が続く限りと言わんばかりのミュートス連射を食らいまくり、ジンはまさにフルボッコ状態。身動きどころか、今自分に何が起こっているのかを把握することさえできない。
 すっかり混乱のさなかにいるジンに向かい、メイミィはさらにオーラを厚くまとって

「『どっかいけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!』」

 と。それは気前よく言魂を放った。
 力を抑制するリボンをしないとマトモに一般生活を送れないほどの能力を持つ少女が、全身全霊を込めて『どこかに行け』と言う旨の言魂をぶつけた結果として……

「わわわわ、わあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!?」

 突如、超局地的に吹き荒れた突風にあおられるようにして、ジンは泉にたたき込まれる。
 そして、思いのほか大きな水柱をあげて、ジンは水中へと没していった。

 その後……残念ながら、金と銀のジンを両手にたずさえた泉の女神がにこやかに浮上してくることもなく。ボロボロのジンだけが、ぷか〜っと浮かんできたのだった。

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