#135:ダフニ近郊、山中(二)

 まったく予測していなかったのだろう。スフィンクスもネメアも、目を大きく見開いてその場に立ち尽くした。
「アークトゥルス卿……?」
「なぜ、ここに……?」
 疑問を投げかける二人に一瞥をくれながら
「スフィンクス殿、だったな」
 と、アークはスフィンクスに歩み寄る。
 対するスフィンクスは、下がりこそしないものの警戒するように身を固くした。
 脇に控えていたネメアは、やや怯えた表情をみせながらスフィンクスの後ろに隠れるように数歩下がる。
 そんなネメアの様子にはまるで頓着せずに、アークは目の前のスフィンクスを真っ直ぐ見据えた。
「最近、モンスターに襲われて全滅する帝国兵士達が急増していると言うことだ」
 そして、前ふりすらなく淡々とした口調でアークは語り始めた。
「モンスターは、周囲の村や旅人を襲うこともなく、まるで誰かに手引きされるように帝国兵だけを襲っているらしい」
 目の前の帝国騎士が、一体何を言いたいのかを図りかねるように、二人は困惑の表情を隠さぬまま無言で話を聞いている。
 アークは——彼がいつもそうしているように——極めてマイペースに話を続けた。
「麓の町で目撃情報があった——野良猫をまるで話ができるかのように手なづけていた女の子がいたと、な」
 その言葉に目を丸くしたネメアをチラリと見て、アークはスフィンクスに視線を戻した。
「そして、妙な仮面を付けた男が、その子を伴いミュートスの話を聞いていたとも、な」
「——妙な仮面を付けた、男……」
 呟きながら、呆然と立ち尽くすスフィンクス。
 そのつぶやきに答えたのか、一回深く頷いて、アークはスフィンクスの顔をじっと見つめた。
「王城で会ったときより、いささか不審に思っていた——妙な仮面を付け、騎士でもないのに王城に出入りする【言魂使いの戦士】」
 アークの眼光は敵を見据えるときのそれである。
 その眼光を受け止めかねるかのように、スフィンクスはやや困惑ぎみに力なく俯いた。
「妙な、仮面……」
 目線を少し泳がせたまま地面を見つめるスフィンクスに、アークはずいっと詰め寄る。
「ゴート卿はあの通り、性格がまっすぐなお方——そこにつけ込み情報を集め、ミュートスたちに流す」
 それを聞いて、はっとした表情で顔を上げたスフィンクスは、アークの眼光を真っ向から受け止めた。
「要するに——我らを疑っておられるのですか、アークトゥルス卿?」
 その言葉を当然のように聞いて、アークは頷いた。
「お前たちが賞金稼ぎではなく、帝国に潜入して工作をしているミュートスのスパイであるならば、今までの話は理にかなう」
 少し芝居がかった仕草で、スフィンクスは首を横に振った。
 そして、自分の言葉を待っている風のアークに向かって肩をすくめてみせる。
「これはまた……ずいぶんと突飛なお考えをされたものです」
 アークの反応はない。
 そのことは織り込み済みだったものか、スフィンクスは一拍おいて話を続ける。
「無論、身に覚えの無いことなので『違います』と申し上げることしかできませんが」
 きゅっ。
 震える手で、スフィンクスのマントをネメアが小さい手で掴んでいる。
 そんな彼女をアークから隠すように背筋を伸ばして、スフィンクスはぐっと拳を握った。
「……どうなさるおつもりなのですか?」
 アークはその問に答える前に拳に息を吐きかけ、オーラをまとった。
 そして、眉を顰めて身を硬くするスフィンクスに向かって、反論を一切認めない口調で告げる。
「帝都まで一緒に来ていただく。潔白はゴート卿も交えて証明されよ」
 はあっ……
 グラブに息を吐きかける音ではなく、やるせないため息の音を響かせて。
 スフィンクスはネメアから離れるように歩き出した。
「今、帝都に戻る気は残念ながらありません」
 ネメアが大きな樫の木の後ろに隠れたのを視界の隅で認めて。
 スフィンクスはぐっと拳を握りこむ。
「力づくで、まかり通らせていただきます」
 言い終えた次の瞬間——スフィンクスの全身を純白のオーラが包み込んだ。

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