#139:ダフニ近郊、山中(六)

 アークはそんなジンに歩み寄る。
「成り行きでミュートスと一緒にいるのなら、考え直せ」
 その言葉を受けて——
「僕は……」
 ジンは何かを考えていた。
 と、言うより……何かを思い出していた。
 何かの記憶が蘇ったのか、ややあって辛そうな表情になり、そしてそのままポツリ、と言葉を探して話し始める。
「ミュートス狩りで——全滅したミュートスの里を見たんだ」
 背後から赤子ごと弩で貫かれた母子を。
 なんの抵抗の跡もなく、ただ殺された老人を。
 そして、絶望の表情を浮かべたまま刺殺されていた子供を。
 ジンは思い出していた。
「こんな酷い事をする帝国を……」
 ぎゅうっと。
 強く拳を握りこみながら
「僕は……許せない!」
 と、絞りだすような声で言って、ジンはまっすぐアークを見る。
 その胸元には帝国騎士の紋章——トリオンが輝いていた。
「それは……」
 アークはそんなジンに言葉を返すことができなかった。
 ジンの語っていることはすべて事実で、帝国騎士であるアークにとっては言い訳のできぬ……いや、言い訳をしてはいけないことであったからだ。
「同感です、少年」
 ジンの横に並ぶようにして、スフィンクスが会話に入る。
 仮面の下から覗く瞳には怒りの色が鮮やかに浮かんでいた。
「私も、滅ぼされた里をいくつも見ました。女性老人、そして赤子……関係なく殺されていた」
 すうっと、息を吸い込んで。
 怒りに震える声で、スフィンクスは言った。

「帝国は——我々ミュートスを人間だと思っていないのでしょう」

 スフィンクスに言われてもなお、目線を外さなかったアークだったが。
 ふうっと短くため息をつくと、鋭い視線をスフィンクスへ向けた。
「俺も殺された兵士の無念を晴らさねばならなかったな」
 まだ若い……と言うより、幼い兵士の最期を看取ったことをアークは忘れることができなかった。
 そして、その視線を受けてスフィンクスはゆっくりと首を横に振る。
「それは、本当に身に覚えが無いことです」
「これ以上は、平行線だ」
 拳に息を吐きかけて、アークはオーラをまとい直した。
「あとは拳で語るしかない」
 そう言って構えをとるアークを、スフィンクスは少し寂しげな表情で見た。
「やむを得ませんね」
 純白のオーラを身にまとい、仮面の戦士はアークの前に立つ。
「お相手します」
 帝国騎士姿のアークと、強大なミュートスが対峙している。
 その姿はジンにある戦いを思い出させるものだった。
 少し不安げな声で、ジンはアークに語りかける。
「アーク……」
「下がっていろ、ジン」
 『拳で語る』
 その自分の言葉を裏付けるかのように、アークはオーラを急激に練り上げる。
 圧力すら覚えるほどのすさまじいオーラは、強大な敵を前にしても一歩も退く気がないということを無言で、だが、雄弁に語っていた。
(これが……本気のアークトゥルス卿……!?)
 スフィンクスもアークの本気のオーラには瞠目せざるを得ず。
 ネメアはこれから始まるであろう激戦に備えて、音もなく下がって距離をとった。

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