#144:ダフニ近郊、炭焼き小屋の前(二)

(初めて……?)

 違和感を感じて、テルプシコルの意識が我に返ろうとする。
 跪いたまま頭を下げているスフィンクスとネメアには、そのテルプシコルの表情の変化はわからない。

「テルプシコル様が眠りにお付きになられている言い伝えを信じ、テルプシコル様を捜す旅にでておりました」
(なにをそんな……他人行儀な話し方を……?)

 なおも訝しむテルプシコルにスフィンクスは顔を上げて述べた。

「スフィンクスとは、世を忍ぶ仮の名」
(そうだろう、そうだろう……!)

 すうっと立ち上がり。
 胸に手を当ててスフィンクスは言う。

「私の名は……カリオペ」
(——何?)
「イリオンのフォーネス。ムーサイの巫女——カリオペです」

 さあっと。
 一瞬で、テルプシコルの顔から血の気が引いた。

(……オレステスじゃ、ない……!?)

 テルプシコルは膝から崩れ落ちそうになるほどの脱力感を覚えたが、少しよろめいただけで堪えてみせた。
 そして、そうしたテルプシコルの一連の反応にそこはかとない違和感を感じながらも、スフィンクスは身体を半分開いてネメアを自分の隣に誘った。
「こちらに控えておりますのが、同じくムーサイの巫女クレイオです」
「いいい、イリオンのフォーネス——むっ、ムーサイの巫女くく、クレイオと申します! お、お会いできて光栄ですっ!」
 それはそれは、猛烈に緊張しながら。
 二つ折り、と言うような勢いでクレイオは深々と頭を下げた。
 そして、挨拶を受けたテルプシコルは……

「ムーサイの……巫女」

 と、こころここにあらずという体で呆然と呟きながら。
 ふらふら、と。
 おぼつかない足取りでスフィンクスの方に歩み寄る。
「あの……どこか、お加減が?」
 ことここに至って、どうにも様子が変だと、怪訝そうな顔になるスフィンクスに、力なく右手を差し伸べた。
 握手を求められたように認識しつつ、この流れでの握手と言うのが不自然に思え、やや困惑気味にスフィンクスも右手を差し出す。
 そして、テルプシコルはなんの躊躇も遠慮もみせずに

 ——むにっ☆

 と、伸ばした右手でスフィンクスの左胸をもんだ。

 リアクションすらとれずに、硬直するスフィンクス。
 あまりのことに石像のように固まるネメア。
 目を丸くして見ていいのかどうかわからぬままガン見するジン。
 何故かきゃー☆と、変な悲鳴を上げるメイミィ。

 そんな面々の反応など一切我関せずとばかりに。
 なおもスフィンクスの胸を揉みながら、テルプシコルは呆然と呟いた。

「……女か」

 ふう、と。
 独白の後、テルプシコルは力なく嘆息した。

「——何してやがる!」

 『すぱーんっ!!』と、頬を軽く赤らめたマックが、実にいい音をたててテルプシコルの後頭部をはたいた。
 それを見て、テルプシコル様を探してた組の二人は——特に眼前のスフィンクスは胸を触られた時よりも仰天の表情になった。

「……」

 そしてテルプシコルだが、普段なら頭を叩かれたりしたら烈火の如く怒り狂うところを、まるで毒気を抜かれたかのように後頭部を左手で抑え、そして右手をわきわきとさせたまま呆然と立ちつくしていた。
「なんだなんだ。えらい腑抜けになっちまったな」
「とりあえず、中に入ろうよ」
 呆れたように言うマックに、見るからに普通じゃないテルプシコルの肩を抱きながらメイミィは言う。
「そうだね……お茶でも飲んで、落ち着いた方がいいね」
 ジンも心配そうにテルプシコルの顔をのぞき込んだ。
 そして、『被害者』のスフィンクスと、その後ろでおろおろしているネメアに向かって、メイミィはため息混じりで告げた。
「なんだか、ごめんね。とりあえず、入ってね」
「ありがとうございます」
「すみません、お邪魔します」
 まだなお、波乱の空気をはらんだまま。
 一同は小屋の中へと移動するのだった。

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