#17:神殿(一)

 そして、クニスカはあらためて神殿を見た。特に変わったところもなく、静かにたたずんでいたように見えた神殿は、しかし、決定的な変化が生じていた。
「……扉、ずれとるがな」
 一ミリの隙間もなく、ピッタリと閉じていた扉の合わせ目に段差ができている。
 クニスカは慎重に近づいて手を触れてみる。ひんやりとした感触が手のひらに伝わった。
「中でなにかあったンかな?」
 言いながら、クニスカは慎重に中をうかがう。段差こそできてはいても隙間までは生じておらず、中の様子は全く分からなかった。扉と扉の段差に耳をくっつけてみたものの、特に何も聞こえない。わからンな、と首を振るクニスカにジンは扉に手をかけながら言う。
「開けてみようか?」
「……せやな。ここでこうしとっても、どンならンわいナ」
 クニスカ、そう言うと精神を集中してオーラを厚くまとう。それに呼応して、ブーメランがぽおっと淡く光をまとった。
 そしてジンはクニスカの準備ができたのを確認して、ぐっと扉を押した。ものすごく重い感触を予測していたが、扉は拍子抜けするほど軽く。すうっと音もなく開く。
 すかさずクニスカがバッ!とブーメランを振りかぶって中を警戒した。扉を開けても、中からなにか飛び出してくるようなこともなく、依然として静かなままだった。
 そして、成り行き上ジンとクニスカを先頭に中に入っていく一行。中に入ると、白い石が張られた部屋の中央に、これまた白い石で造られた寝台が見える。
「……あ」
 寝台の上を見て、ジンは思わず声を上げる。続くクニスカも驚きの表情で絶句する。
 その寝台には何かの獣の毛皮が敷布として敷いてあり——その上に、小さな女の子が横たわっていたからだ。
(ミイラ!?)
 クニスカはジンとメイミィの目から女の子を隠すように素早く前に出た。
 だが、そこに横たわっていたのはひからびた死体ではなく、白い装束に身を包み、静かに目を閉じている——神秘的な美しい少女だった。
 年齢は十歳くらいだろうか、死んでいるというより眠っているという感じ。
 開け放った扉から陽の光が差し込み、少女を柔らかく照らしていた。
(綺麗だ、なあ……)
 思わず見とれているジンの背後に回り込み、クニスカはジンの耳元でささやいた。
「ジン……試しにキスしてみぃ」
 前振りなしのスットコドッコイな提案に、何か飲んでいたら思いっきり吹き出したであろうジンは、いきなり何を言いだすんだという表情で振り返る。
 ——予想以上に、真顔なクニスカがそこにいた。
「やだ……っていうか、自分でしてみればいいじゃないか」
 きっぱりとした口調で反論してみるジンに、クニスカはすかさず言い返した。
「アホ! 女のキスで目覚めるお姫様テ、どんだけマニアックな設定のおとぎ話やねンな」
 ——それは、一体どのようなマニアなのか?
 クニスカとジンがそんなお馬鹿な会話をしていた、そんな時。
「う、ん……」
 と、なんの前触れもなく——横たわる女の子が目を覚ました。それを見て全員が飛び上がらんばかりに驚き身構える。
 中でも『まるで眠っているような少女の死体』だと思いこんでいたクニスカの驚きは特に大きく。反射的に大きく後ろに飛びずさってアークと衝突する始末だった。
「……?」
 まだ微睡みからさめきっていないようなうつろな瞳で、少女は半身をゆっくりと起こして、あたりを見渡した。無言のまま、息をのんでそれを見守る四人。
 先頭にいたジンの顔を特段のリアクションもなくぼーっと見た少女は、ややあって腑に落ちないような表情で天井を見上げる。
 そして……少女の瞳に覚醒の色が走った。
「ここは……!?」
 がばっと、音を立てる勢いで少女は寝台から立ち上がった。
 だが次の瞬間、立ちくらみでも起こしたものか、ふらっとよろめき地面に崩れ落ちてしまう。
「大丈夫!?」
 呆然と成り行きを見守っているジンを押しのけるように、メイミィは少女の横に走り寄った。
 膝をつき少女を抱きかかえて様子を見るが、少女の顔色は血の気を失って青白く、息も苦しげに早くなっており、かなり具合が悪そうな感じである。
 メイミィは少女を左腕で支えたまま右手で首のリボンをほどく。そして自分の腕の中で意識朦朧としている少女と目が合うと、にっこりと微笑んでメイミィは少女の手を握った。
「『元気になって』」
 ぽおっ、と。
 メイミィの言葉に呼応して、少女の身体を淡い光が包み込む。
 そして、その光が収まったとき……血の気が引いて真っ白だった少女の頬に赤みが差して、苦しげだった呼吸も落ち着いていた。
 アークとクニスカ、それを見て呆然と呟いた。
「……ミュートスか?」
「……ミュートスやなあ」
 二人にとって、初めて目の当たりにするミュートスだった。

公開 : (1946文字)

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