#18:神殿(二)

 ——癒しの言魂。
 それは『神なる声』とも呼ばれるミュートスにふさわしい、神秘の力。
 そして、少女は二、三回首を振ると
「……すまん、助かった」
 と、メイミィに礼を言い立ち上がった。
 癒しの効果が出たものか、今度はふらつきもせず視線もしっかりとしている。
 だが、覚醒したばかりで状況がつかめていないものか。少し戸惑い気味にあたりを見渡した。
「眠っていたようだな……今どんな——!」
 その視線がアークの胸の紋章で止まる。少女は驚きと、そして怒りが混ざったような感じで瞠目する。
「貴様……! カルデアの手の者か!?」
「——カルデア?」
 言われたアーク、まったく身に覚えがなく。怪訝そうな顔をして首をかしげた。
 そして、その横でクニスカが驚きの表情を露わにする。
「帝国の……聖イリオンの古い国名や」
 それはもう……三百年以上も使われていない古い国名だった。
 クニスカの独白にも似たつぶやきを、少女は聞きとがめて眉根をしかめる。
「聖……イリオン?」
 そんな少女に、アークは一歩前に出て、紋章を見せるようにして名乗った。
「聖イリオンのフォーネス。帝国騎士アークトゥルスだ」
 かあっ!
 つい先ほどまで真っ青だった少女の顔色が、怒りのために一気に紅潮した。
「聖……イリオンの——フォーネス……?」
 少女は怒りを押し殺し……切れない感じでアークを怒鳴りつけた。
「盗人ばらが、いつからそんな名乗りをするようになったか!?」
 古風なしゃべり方、かみ合わない話。そして——固く扉が閉ざされた、古代の神殿でひとり眠っていた謎の少女に
「こちらは名乗った。盗人呼ばわりの前に名乗れ」
 と、きわめて冷静な口調でアークは言った。
 言われた少女、目を見開いて怒りを露わにしたが。指摘された非礼を考えたものか、荒げた口調を少し抑えて話し出す。
「良かろう。しかと聞くがよい」
 キッと、アークを……そして、背後のクニスカを睨み付けるようにして。
 少女は子供とは思えぬ落ち着いた、よく通る声で高らかに名乗りを上げた。

「私はイリオンのフォーネス。ムーサイの巫女……テルプシコルだ!」

 その名乗りに、クニスカは信じられないといったような、心底仰天したかのごとき表情でテルプシコルを見た。
「ムーサイの巫女!? そんなン、イリオン滅亡の時に……」
 そう口走ったクニスカを視線で射殺さんばかりに睨み付けたテルプシコルは、流れるような金髪をたなびかせ、激しく首を振ってみせた。
「ここに私がいる限り……イリオンは滅んでおらぬ!」
 そしてテルプシコルは、言葉を失った風のクニスカからアークに視線を移した。
「アークトゥルスといったか……」
 少女は思ったより小柄であった。
 身長は百三十センチちょっとといったところか。聖職者を思わせる白い装束はサイズが相当大きめなのか、裾を引きずりそうな感じになっている。
 身長百八十センチを越える長身のアークからみると、まさに大人と子供のようなものだ。
 しかし、そのアークを恐れもせずに真っ向から睨み付けたテルプシコル。すうっと息を吸い込むと、よく通る声で
「我らの国名盗みたくば、この私を討ち果たしてからにしろ!」
 それはそれは、凛々しい表情でアークに言い放った。
 その瞬間——目の前の少女が自分より大きくなったように感じてアークは思わず瞠目する。
 それほどまでに、テルプシコルの言葉には力があった。

 そして、そのやりとりを、ただただ驚きの中で目を丸くして聞いていたメイミィは、子供の頃にわくわくして聞いていたアルコンの語るミュートスの伝説《むかしばなし》を思い出した。

 ——現在より力があった古代のミュートス。その中でひときわ大暴れしたミュートスがいた。
 そのミュートスは王家のお姫様で。よくお城を抜け出して困った人を助けにいったり、珍しい生き物がいるといっては見に行ったりと、実に元気なおてんばな姫だった。上等な絹糸のように輝く金髪をたなびかせ、紙のように白い肌をしたそれはそれは美しいお姫様だったという。
 人々を困らせていた盗賊たちを、言魂でおこした突風で吹き飛ばし、全員川に放り込んで捕まえたり。農家の小さな女の子がうっかり枯らしてしまった作物を、こっそり言魂で元通りにしたり。人里まで降りてきた大きな熊を言魂で手なずけて、食物を与えて森に返したりと、強大なミュートスをまるで神様のように自在に使いこなすお姫様に、子供の頃のメイミィはあこがれたものだった。
 そのお姫様はムーサイの九人巫女の一人——テルプシコルと言った。

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