#182:帝都イリオン城門――数ヶ月前

「どうしても行くのか?」
 アークはマックに小言のような口調で問うた。
 マックは旅支度を済ませているが、アークは騎士の略装である。
 画的には旅立つマックを城門のところまで見送りに来ているアークと言う体であり、それは全くの間違いではなかった。
 要するに、騎士をやめて旅に出ると言うマックを、アークはさんざん引き止めたが叶わず。
 結局、今日の旅立ちの日を迎えてしまったというわけなのだ。

 渋い表情のアークに対して、サッパリした顔でマックは言う。
「ああ。もう騎士の位はゴートに返したよ」
 『それは皇帝陛下にお返しするものだ』と言う言葉を飲み込んで、アークは一歩前に出た。
「ミュートス狩りの勅命が、それほどに納得がいかないか?」
 その言葉を聞いて、マックはずいっとアークに詰め寄った。
「殴れるか、アーク? 何にも悪くない、ミュートスの連中をよ?」
 マックの真っ直ぐな視線を受け止めたアークだったが、答えを返すことはできなかったものか、ただ黙って視線のみを返した。
 そして、マックは岩のような拳を握りこんで眼前にかざした。
「この拳は——何のためにあるんだ?」
 実に『らしい』物言いをするマックに対し、アークは自分に言い聞かせるように
「俺の……帝国騎士の拳は、皇帝陛下の御為にある」
 と、答えた。
 握りしめたアークの拳がぎゅっと音を立てる。
 それを聞いたマックはふうっとため息をつき、言葉を探しながら頭をかく。
 そして、気の利いた言葉が浮かばなかったものか、咄々と話し始めた。
「俺ぁ、お前ェと違って学がない。ゴートに拾われた田舎の親無しっ子だ」
 マックはそう言うと、アークの顔を真正面から見た。
「だから、そう言う意味じゃあ騎士にゃあ向いてねぇんだろ。無理難題をふっかけるようなら……皇帝陛下の言うことでも聞けねェよ、俺ァな」
 そうした考え方の根本において、代々騎士の家系であるアークと、戦災孤児だったマックとの差は歴然として存在する。
 返答の言葉に詰まるアークに、マックは心配無用と笑ってみせる。
「まあ、お前の気持ちは分かる。あんがとよ。でも、もう決めちまったんだ」
「……そうか。そうだな」
 もはや、なにも言うまい。
 アークは諦めの中に少しだけ明るさを含めたような微笑みを浮かべた。
 そしてマックは、足元においた荷物を担ぎ上げる。
「じゃあ、あばよ」
「ああ、達者で」

 それだけの会話を最後に、軽く手を上げてマックは歩き出す。
 アークも吹っ切れた表情でそれを見送る。

 そして、数歩歩き出したところで、不意にマックは何かを思い出したように振り返って
「俺の拳はな、アーク」
 アークに向かって、右の拳をグイッと突き出し

「『ぶん殴りたいヤツをぶん殴るため』にあるンだ!」

 と、笑った。

 そして、その後は全く振り返らず。
 まっすぐにマックは歩いて行った。
 アークは。まるでまぶしい物を見るように。眼を細めて、親友の旅立ちを見送ったのだった。

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