#183:ゴート邸 - ⅰ

 静かにオレンジの木に手をおいて、アークは嘆息する。
 静かな、重い溜息だった。

 それから、スフィンクスとテルプシコル一派についての報告をするために、アークはゴート邸へと赴いた。
 本来ならばゴートの居室に直行すべきだったが、騎士志望の若者たちが修行をしている中庭で彼の足は止まっていた。
 年の頃は子供と言っていいくらい若い子から青年と言う程のものまでまちまちだが、皆騎士になる日を夢見て一生懸命修行をしている。
(俺がマックと会った時もこんな感じだったな)
 まだ、アークが騎士見習いの少年だったころ、父に連れられてゴート邸を訪れた時
「俺のはじめての弟子だ。なかなか使うぞ」
 とゴートに紹介されたのがマックとの初めての出会いだった。
 それからすぐに意気投合して、騎士養成所よりゴート邸で一緒に競い合うように修行をすることが多くなり……
 ついに二人で騎士の叙勲を受けた。
 そんなことを思い出しながら、大きな樹の幹に向かって一心不乱に打ち込みをしている十二・三歳の少年をアークはなんとなしに眺めていた。

(ちょうど、あのくらいだったな……ジンと同じくらいの年か)

 と、とりとめもなくそんなことを考えながら、中庭の端でただ佇んでいた。

「アークトゥルス卿か。帝都に戻ってきていたとは知らなかった」

 突然声をかけられて、アークは我に返ったような表情をみせる。
「あ、いや……つい先程戻ったところなのです」
 そして背筋を伸ばし、ゴートに向き直る。
「申し訳ありません。こちらから報告に伺わねばと思っていたのですが」
「いや、逆にうまい具合に出会えてよかった」
 恐縮したように一礼するアークを見て、ゴートは全く気にしていない風に笑った。
「思う所がありまして、スフィンクスなる戦士の足取りを追いました」
「何? あの仮面の?」
 はい、と頷きながらアークは表情を引き締める。
「ゴート卿、彼はミュートスのスパイかと思われます」
 その報告を受け、片眉だけ跳ね上げたゴートにアークは話を続けた。
「彼と従者の少女は、ダフニの外れにある山中で例のミュートスの巫女と合流しました」
「なんとかの巫女と言う伝説のアレか?」
「はい」
 それを聞いて、ゴートは一気に興味深そうな表情になる。
 対して、アークはぐっと拳を握りしめ、悔しそうな表情を浮かべる。
「スフィンクスがテルプシコル一派と合流前に捕縛するつもりだったのですが……間に合わず。取り急ぎ報告をと思い、帰都しました」
「なるほど。まあ、スフィンクス殿もかなり使いそうな上に、例の巫女自身も強力な言魂使いだからな」
 アークは口を開きかけ、瞬時につぐんだ。
 帝国騎士を辞め、ミュートスの護衛に付いているマックに触れるのをはばかったからに他ならない。
 「まあ、巫女に護衛がいるかもしれない……いや、いると考える方が自然か。あまり無理をする段階でもないし、退いたのは賢明な判断だったな。」
「はい……」
 騎士として、マックのことを——そして、ジンのことも報告せねばならないのはわかっているが……アークはどうしても二人の存在を口にすることはできなかった。

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