#189:ゴート邸、騎士候補生宿舎前 - ⅱ

「人質……?」
 戦乱の世でもないのに、とネオはいぶかしむ表情を浮かべる。
 その反応も織り込み済みだったものか、コーネリアは普通の口調でこう続けた。

「きっと、わたくしがミュートスとして生まれてきたからですわね」

 王女と言われた時と同じかそれ以上の勢いで、ネオの目が驚きで見開かれた。
 コーネリアは軽く肩をすくめて、説明を求める視線に応える。
「聖イリオンがミュートス狩りをなさっていることは周辺諸国にも知れ渡っていますわ。わたくしがミュートスであることが公になって、攻め入られてはかなわないと言うところなのでしょう」
 最初に挨拶した時にはまるで予想だにしていなかった重い話に、ネオは絶句する。
 コーネリアはそんな反応には特に頓着せず、ふうっとため息をつく。
「だから、わたくしはミシアから追い出されたというわけですの。姫と言ってもなんのありがたみもなく、自分の身は自分で守るしかございませんわ」
 そうですか、と。
 少し考えたあとで、ネオはゆっくりと口を開く。
「あの、ひとつお伺いしたいことがあるのですが」
 その言葉を受けて、少し身構える風のコーネリアにまっすぐに質問を投げかける。
「ミュートスというのが、どのような言魂なのか実は良く知らないんです。お話を聞かせていただければ、うれしいのですが」
 これは予想外だったものか。
 コーネリアはきょとんとした表情になり
「変わったことをお訊きになりますのね」
 と、ストレートな印象を語った。
 そして、うーんと考えこむような仕草をしつつ
「わたくしも、人から聞いたことの受け売りなのですが……」
 と、前置きをしながら話し始める。
「ロゴスは主に闘いに使う言魂ですわね?」
 ネオ、それに頷く。
「そうですね」
 その答えが来るのは予測していていたのだろう。コーネリアはそのまま話し続ける。
「ミュートスはロゴスに比べて根源的な言魂ですの」
 この答えはきっと予測していなかったのだろう。
 ネオは怪訝な表情でコーネリアを見た。
「根源的な言魂?」
 はい、と。
 静かに頷いて、コーネリアはそっと目を閉じた。

「ミュートスは……口にしたことが現実になる言魂ですの」

 なんだか、ありえないことを聞いたような。
 そんな感じで、ネオの表情はまだ訝しげなままだった。
 コーネリアは、そこまで話すと木の枝に引っかかっている紙風船を指さす。
「ロゴスの技でアレを取ることは出来まして?」
 明らかに、自分の持つ技の射程外にある風船を見て、ネオは即座に首を横に振る。
「いえ、あそこまでは技が届きませんね」
 おそらく、よほど強力なロゴスを紡ぐ言魂使いでも、そこまで技を届かせることはできないであろう距離だった。
 しかし、それを聞いたコーネリアは軽くオーラをまとい、はっきりとした口調で言う。
「『風船よ、目の前に落ちなさい』」
 ふわ、と。
 紙風船は突然吹いた風に吹かれて乗っかっていた枝から離れた。
 そして、あっけにとられるネオと涼しい表情のコーネリアの間にぽとりと落ちた。
 それはロゴスのように衝撃を与えて動かすのではなく『紙風船を取り巻く環境に変化を与えた』ような感じである。
 ネオは足元に転がる紙風船を見ながら、感嘆の息をついた。
「すごいなあ……根源的な言魂、かあ」

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