#190:ゴート邸、騎士候補生宿舎前 - ⅲ

 自分には使うことができないということがわかったのは、ネオ自身が優れた言魂使いの素養を備えていたからだろう。
 素直に感心している風のネオを、コーネリアは複雑な表情で見て、独白のように呟いた。

「好きでミュートスに生まれたわけではありませんわ」

 その、嫌気がさしたような口調はまったく予測していなかったものか、ネオは目を丸くする。
 割れて足元に落ちてきた風船を見ながら、コーネリアはなおも独白のように呟く。
「もしも、ミュートスの力がなければ……わたくしは今もミシアの王城で気楽な三女の姫として平和に過ごしていたと思いますわ」
 ミシア王国は大国である聖イリオンの隣国であるが、イリオンとの関係は極めて良好で、内政も全く問題はない。
 【平和な国】と言う一言で評することができるほど、実に平穏な国だった。
「そして……おそらく、一生を故郷のミシアで過ごしたことでしょう」
 ——特殊な事情がなければ、人質など差し出さなくても良いくらいに。
「もしも、わたくしがミュートスでなかったら」
 そう言って、コーネリアは唇を噛む。
「もしも、聖イリオンがミュートス狩りをしていなかったら」
 それは、ミュートスの言魂の力をもってしてもどうにもならない『もしも』だった。
 言っても仕方がない——そのことは言魂使いであるコーネリア自身がわかっていた。
 それでも、口惜しくて仕方がないと言う表情で——言った

「こんな人生では無かったはず、ですわね」

 返す言葉が見つからず、ネオはただ言葉を失う。
 コーネリアはそんな彼に微笑んだ。
「ごめんなさい。愚痴をこぼしてしまいましたわ」
 ネオの目には、その微笑みは実に寂しげなものと映った。
 だが、コーネリアはある種吹っ切れたような口調で、力強く宣言する。
「とにかく、今わたくしにできることは強くなること。自分の命は自分で守らなければいけませんわ」
 それはそのとおりですが、と。
 ネオは言いよどみ、そして深々と頭を下げる。
「すみません、立ち入ったことを聞いてしまって……」
「こちらこそ、ずいぶんと愚痴ってしまいましたわ」
 うふふ、と。
 コーネリアはむしろどこか楽しげに笑った。
 そして、背筋を伸ばしネオに向き直った。
「それでは、ごきげんよう」
「失礼します」
 最後はお互いに礼儀正しくあいさつを交わして。
 二人は別れたのだった。

 そして、ネオは宿舎に向かって歩きながら考えに沈む。
(ミュートス狩り……か)
 ネオが生まれる前から、ミュートスは帝国の敵だった。
 そういうものだった。
(そもそも……何のためにしているのか?)
 今まで、それを考えたことはなかった。
 ミュートスは自分と同じ人間ではないとまで、言う者もイリオンでは珍しくなかった。
 ——しかし、実際に話したコーネリアは紛うことなき人間に他ならない。
 ネオは、すうっと息を深く吸い込み、そしてため息のように吐き出した。

「——わからないことばかりだなあ」

 心中を思わず独白してしまいながら。
 ネオは騎士候補生宿舎の門をくぐるのだった。

公開 : (1260文字)

ページトップ