#193:帝都辺境、ミュートスの隠れ里 - ⅲ

 なおも黒い霧をたなびかせて。
 完全に変身を遂げたキマイラは、その兵士に向かって尋ねた。

「化け物とは、なんだ?」

 予想外の質問……いや、質問されることそのものが、きっと予想外だったのだろう。
 無言のまま、固まった兵士に向かってなおも語る。
「化け物とは人間に害をなす、人外のもの」
 語りながら、娘と乳母車の方に歩み寄る。
 乳母車の中に獅子の首を突っ込むと、刺殺された赤子の死体を咥えてキマイラは眼前へ差し出してみせた。
「であれば、人でなしのお前達も——人間ではなく、化け物だ」
 ゆっくりと、乳母車の前に倒れた母親の横に赤子の亡骸を横たえる。
「……無論、俺も化け物」
 顔を上げ、憤怒の形相のままキマイラは兵士たちを見る。
「これからは、化け物同士の殺し合いだ」
 ぐるるるるる。
 腕の獅子が低く唸り、大蛇は舌をチロチロと出す。
 これから、自分の身に何が起ころうとしているのか、ようやく把握した兵士たちに向かって。
 キマイラはシンプルに告げた。
「——死ね」
 腕の獣が『グオウッ!』と怒気を含んで吠えた。
「ひ、ひいっ!」
 誰かの悲鳴を合図に、兵士たちは一斉に槍を投げつけた。
 キマイラはそれをまったくよけもせず、すべて身にまとったオーラではじき返した。
 兵士達に浮かんだ恐怖の表情の中に、絶望の色が加わる。
「……こ、言魂使い!?」
「うるさい」
 もはや、時間をかけるつもりはなかった。
 最初の兵士は、獅子にのど笛をかみ切られた。
 その横の兵士は、巻き付いた大蛇に首の骨を折られた。
 錯乱したのか、奇声を発しながら剣で斬りかかってきた兵士は、剣をへし折られた上に一撃で首から上を吹き飛ばされた。

 ただ【ひとでなし】なだけでは、太刀打ち出来ない。
 そんなわかりきったことを証明した、そんな結果となったのだった。

「や……ヤニス卿ぉーっ!!」
 里の中央へ振り返り叫んだ兵士は、大蛇にぐるぐる巻きにされた次の瞬間に絞め殺されて動かなくなった。
 ヤニスはただならぬ断末魔の悲鳴を聞いて、民家の中から槍を構えて出てきたが、次の瞬間キマイラを見て大きく目を見開いた。
「な……なんだ、お前は?」
 キマイラはそれには答えず、兵士の亡骸を投げ捨てながらヤニスと対峙した。
「……騎士か?」
 ヤニスのまとったマントの胸に、トリオンの紋章が輝いている。
 オーラを厚く纏いながら、ヤニスはキマイラを睨みつける。
「聖イリオンのフォーネス。帝国騎士ヤニスだ! ミュートスに加勢する化け物、お前の命運はこれで尽きたぞ!」
 腕の獅子が怒りに毛を逆立て、大蛇の腕がシュウシュウと音を立てて蠢く。
 ヤニスが自分に突きつけた槍を、キマイラは腕の獣たちに負けぬ憤怒の形相で凝視する。
「そこの母親と赤子を……その槍で、刺したのか?」
 正直、記憶に残っていなかったのだろう。
 ヤニスは寸暇、自分が手にかけた母子のことを思い出し、どうでも良さそうに言い返した。
「ならばどうだというのだ?」

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