#194:帝都辺境、ミュートスの隠れ里 - ⅳ

 その口調。その答え。
 すべてがキマイラの怒りを助長するものだった。
 キマイラはどす黒いオーラを身にまとい、足元に横たわる母子の亡骸を見ながら、ヤニスに宣告した。

「お前を、これ以上にむごたらしく殺す」

 それを聞いて、ヤニスの全身がオーラの輝きに包まれた。
「やかましい! 死ぬのはお前だ、化け物! ——『ボーラ・スクーラ!』」 
 ヤニスが放った槍は、オーラの輝きでゆらめきながら、一直線にキマイラに向かって飛んで行く。
 並みの標的では、避けることも受けることもできない——そんな一撃だったが。
「馬鹿め」
 と、無造作に腕の獅子で槍を払い飛ばしてしまった。
「く……やはり言魂使いか……化け物の分際で、小賢しい!」
 槍を失ったかのように見えたヤニスだったが、次の瞬間オーラで槍を形成する。
 【オーラの具現化】と呼ばれるテクニックだが、これをしてのけるということは、ヤニスが相当に強い言魂使いであることを意味していた。
 キマイラは怒りの視線でその様子に一瞥をくれて、右腕の獅子と左腕の大蛇を地面に付ける、異形の四つんばいの体勢になった。
「——行くぞ」
 頭に生えた山羊角を振り立てて、その巨躯から想像できない勢いでキマイラは突っ込んだ。
 獅子と化した右腕が猛然と地面を蹴り、大蛇と化した左腕が地面をえぐる勢いで這い進む。
「くそっ!」
 ただ、ヤニスもひとかどの言魂使いである。
 すかさずまとったオーラをクロスした腕の前に集中させて、ヤニスはすかさず防御の姿勢を取った。
 そこへ小細工なしで突っ込んだキマイラが、憤怒の言魂を紡ぐ。

「『喰いちぎれ!』」

 ドズッ……!
 鈍い音を立てて、山羊角がヤニスの腹に突き刺さった。
 そのまま突き上げられて身体が浮き上がり、動きが止まったヤニスの腕を縛るように大蛇がグルグルに巻き付いた。
 為す術も無くなったヤニスの首筋に、獅子の牙が深々と喰い込んだ。
「あ……が……」
 それは、今までに味わったことがない種類の苦痛。
 苦悶の表情を浮かべるヤニスの顔を、腹に突き刺さった山羊角を抜いたキマイラはただ怒りの表情で睨み、そして言った。

「死ね」

 次の瞬間。
 大蛇に骨という骨を砕かれ。
 生きながらに、獅子の牙に、爪に肉を抉られ。
 ヤニスは、およそ人間のものとは思えぬ断末魔の叫びをあげることとなった。

 そして。
 自分たちの指揮官が惨たらしく息絶える様を、言葉もなく見つめる兵士達にむかって。
 バラバラになったヤニスを無造作にそこらへんに投げ捨てながら。
 至極当然のように、キマイラは言う。

「お前達も死ね」

 山あいの小さな里に、立て続けに悲鳴が響き渡る。
 剣戟の響きは一切聞こえず、ただ叫び声と呻き声のみが聞こえていた。
 そして、それも聞こえなくなったその時——ヤニス卿のミュートス狩り部隊は、全滅した。

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