#199:キリオス街道 - ⅴ

 そして、そんなユキの視線に気がつくこともなく。
「あ、あの……スフィンクス様」
 ネメアはただただ恐縮していた。
 なんとも居心地が悪そうな感じに、スフィンクスの方をチラチラ見ている。
 当のスフィンクスは別段気にする風でもなく
「なんですか、ネメア?」
 と、にこやかに微笑み返した。
 ……ネメアと自分の二人分の荷物を持ちながら。
「お気遣いはうれしいのですが……自分の荷物は自分で持ちますので、大丈夫です……ケド?」
 申し訳なさそうに買い物カゴだけを持って歩いているネメアに、スフィンクスは首を横に振ってみせた。
「私は料理が苦手だから。こういう所ではあなたが頼りですよ」
 言いながら、ネメアの顔を覗きこむように腰をかがめて微笑んだ。
 思いのほかの至近距離で、スフィンクスの優しげに笑み細まった瞳に見つめられて
「は、はぁ……ありがとうございましゅ」
 などと、少し語尾を噛みながら一瞬で赤面した。
 ぽんぽんとネメアの頭を軽く叩きながら、スフィンクスは市場を見回す。
 この町に活気があることと、市場の品揃えが良いということが嫌が応にもわかる人出である。
「今日は何を作るのですか?」
 尋ねながら店先の食材を見るが、料理の素養がカケラもないので、今夜のオカズの見当は皆目付かない始末である。
 そんなご主人様に、ネメアはうれしそうに解説する。
「豚肉の良さそうなのがあったので、ポークピカタを作ろうと思うんです」
 そう言いながら、すでに豚肉が入っているであろうカゴを軽く叩いて笑う。
 ややあって、少し思案気な表情で周りを見る。
「あと一品欲しいですねぇ……」
 独白気味に呟くと、マントの裾をふわっと翻して、ネメアはスフィンクスの顔を見上げた。
「スフィンクス様、何が良いですか?」
「なんでもいいですよ」
「え……?」
 問いに対し、どうでも良さそうな口調ではなく、実に優しげに即答で返す。
 不思議そうに首を傾げる【料理長】を見て、仮面の奥で切れ長の瞳が優しげに笑み細まった。
「あなたの作ったものは、全部おいしいですから。大好きですよ」
「そんな……だいすきなんて……」
 でれーっと、どこか溶けちゃったのではないかと言う感じで赤面しながら、ネメアは照れくさそうに俯いた。
 そして、照れ隠しに顔を上げた視線の先に山盛りのジャガイモを発見する。
「あ、あ、あ、あのおいもでお餅を作りましょうか?」
 にこにこ。
 スフィンクスは言葉ではなく、信頼の笑顔で彼女の問いに答えた。
「買ってきますねー」
 ネメアはふわふわと浮いているような軽やかな足取りで、八百屋に向かって歩いて行く。
 その後ろを、なにやら楽しげに荷物を担いだスフィンクスが続いたのだった。

(この甘ったるい会話の数々——やはり、ろりっとしたのが趣味なる御仁でござるか)

 さらに、その後ろ。
 通行人を二、三人挟んでユキが難しげな表情で脂汗を流していた。
(難儀な……それではユキのせくしー・ぼでーがまるで役に立たんではござらんか)
 くねっ。
 なにやら妙な風に身体をくねらせて、たまたま横を歩いていた通行人をぎょっとさせる。
 それにはまるで頓着せず、むむむと心中で呻きながらユキは方策を練るのだった。

公開 : / 最終更新 : (1321文字)

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