#2:序章(二)

 ジンは海が見える森の中に父の墓を作った。
 その後は父の言いつけを守り、この場所を動かなかった。
 魚を釣り、山菜や薬草を摘んで近くの村でいくばくかの小銭に替える。
 そんな暮らしをして一年ちょっと経ったころのことだった。

「こんなトコで何してるんだ、坊主?」
「こんな人里離れたトコにいると、悪い奴らに掠われるぞ」
「……俺たちみたいな、なあ!」
「へっへっへ」
「うっへっへ」

 山菜を探しに山に入ったジン。キノコを採るためにしゃがんでいたところ、突然絵に描いたような五人組のガラの悪い山賊に囲まれた。その数四人。
 ジンは、摘んだばかりのキノコをカゴの中に放り込み、ふと父親のことを思いだした。
(盗賊までは、父さんも考えてなかったのかなあ……?)
 比較的温暖な気候とはいえ、旅人も隊商も通ることはまれな辺境の地。
 このような寂れた土地で、ましてこんな山の中に盗賊など出たことは無かった。
 ……今までは。
(こんなトコきても、キノコやオリーブくらいしかないのになあ)
 とか考えているジンをよそに、値踏みするようにジンを見ながら
「とりあえず、親御さんによ。千ドラクマくらいふっかけてみるか」
 ちょいと金持ちそうな坊主だぜ、と至極ご満悦な盗賊たちであった。

 ちなみに『金持ちそうな』ジンであるが、物心ついてからずっとの貧乏暮らしで、千どころか十ドラクマ銅貨すら財布に入ったためしがない。
 そもそも、この気候だけは良いという辺境に『金持ち』がいるはずもない。
 どんな値踏みをするとそういう結論になるのかと、思わず憮然とした表情になった。
 ともあれ、一番大柄なヒゲ面の盗賊がのっそりとジンの顔をのぞき込む。
「おい、坊主。親はドコにいるんだ?」
 ジン、間近に迫るむさいヒゲ面に鼻白みながら
「いないよ。もう死んだよ」
 と、即答した。それを聞いて目を丸くする盗賊の目をジンは覗き込むように見る。
「ここで山菜とったり釣りしたりして、ひとりで暮らしてるんだ。お金なんて持ってないよ」
 年相応の子供の口調でそう言うと、ジンはにっこりと微笑んだ。
(だから、あきらめて帰ってね)
 と、言う願いをこめて。
 そして、ジンの言葉を聞いたヒゲ。その答えを受けて、ニヤリと笑う。
「そりゃそれで、いい。子供は高く売れるからなあ」
 うっへっへ。
 盗賊たちの下卑た笑いに、自らの考えの甘さを悟ったジン。
 包囲の輪が自然にゆっくりと狭まってくる。
 ジンはすうっと息を吸い込んで、ありったけの声で叫んだ。

「変態だあーーーーーーーーーーっ!!」

 いきなりの大声にひるむ盗賊たち。
 その隙を見逃さず、ひげ面盗賊の股の間をくぐってジンは一目散に逃げだした。 

 その昔、ジンがまだ小さな子供の頃。
 とある市場で『お菓子を買ってあげるからついておいで』とジンに言ったおじさんを、父は大声で叱り飛ばして退散させた。
 その後で、父から聞いた言葉をジンは忘れていなかった。

 ——世の中には『変態』と言う人種がいる。くれぐれも気をつけるんだぞ、ジン。

 ヘンタイに捕まったら、タイヘンなことになるという。
 ジンは脇目もふらずに、一目散に駆けだした。
 そして、その後ろから怒りで顔を紅潮させた盗賊達が、何事か叫びながらジンを追いかけてきた。  

「誰が変態だ!? 待てコラーッ!!」
「そうだ! もっと他に言い方があるだろお!」
「売り先は変態かもしれねェが、俺たちはマトモだぞお!」
「そうだぞ! 兄貴はこんなだけど、俺たちはマトモだぞお!」
「これでいて、結構女にはモテるんだぞ! ホントだぞお!」

 なんか、こお。
 言えば言うほど深みにはまっていくというか、なんというか。

 ともあれ、盗賊たちは口々に勝手なことをわめきながらジンを追いかけた。険しい山道だが、流石に肉体労働の盗賊稼業のなせる業なのか、足下の悪さをものともせずに走ってくる。
 それに対し、身軽さを生かして必死に逃げるジン。大人ではくぐれないような狭い空間を、全力疾走に近い速度ですり抜けていく。

 しかし、いかんせん子供の脚力である。
 人数を利して巧みに追いかけてくる盗賊に気がつくと崖っぷちに追い詰められて、ジンはすっかり逃げ道をふさがれてしまっていた。
 状況を悟り、泣きそうな表情になるジンを見てヒゲの盗賊がほくそ笑んだ。
「さあ……良い子だから、こっちにきな」
 そう言うと盗賊は、ハァハァと荒い息で、ひげ面をニタァっと緩ませながらおびえた顔のジンに手を差し伸べた。

 ——そこだけ見ると、変態以外の何者でもない。

 ともあれ、獲物のかかった網を狭めるようにじりじりと間合いを詰める盗賊たち。
 ジンは背後を振り返るが、目に入るのは岩がむき出しの険しく高い崖。いくら身軽なジンといえども飛び降りでもすれば、タダではすまないだろうと察して絶望の表情になる。

 ——このままじゃ……変態につかまっちゃう!

 おびえきった表情で、ジンは大声で叫んだ。

『だれか助けてーーーーーーーーーーっ!!』

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