#212:帝都辺境、滅ぼされた隠れ里- ⅳ

 右腕に獅子が、左腕に大蛇が【生えている】のを目の前にして、クニスカは今まさに埋めていた死体を思い出す。
(噛み殺されて、抉られて、絞め殺されて——なぁるほど、そういうことかい)
 死体の謎に気がついて瞠目し、そして同時に別の事実に気がついた。

(ミュートスの隠れ里に潜んで——帝国の人間を待ち伏せしとったンか)

 巨大なブーメランを構えながら、心中で汗を拭う。
 そして、完全に異形の姿と化した——キマイラは憤怒の表情のみを浮かべて目の前の【帝国騎士】に告げた。
「——死ね」
 グオゥ!
 獣の腕が猛然と吠え、それと同時に大蛇の腕が人間の腕ではありえない勢いで飛びかかってきた。
 しかし、そこはさすがのクニスカである。
 初撃を軽くサイドステップで躱し、次のステップで大きく飛び退って間合いを取った。
 並みの相手なら一撃で屠ることのできる一撃を難なく躱され、キマイラの怒気が濃くなるのが見て取れた。
 クニスカはオーラをさらに厚くまとうと、胸元に下げたスフィンクスの護符に手を置く。
「アンタ、何のご利益あンねんーっ!?」
 軽く揺さぶって文句を言ったあと、クニスカのロゴスが紡がれた。
「『エンジェルラダー!』」
 巨大なブーメランが空気と、そして黒い瘴気を切り裂いて宙を舞い、異形の怪物目掛けて襲いかかった。
 キマイラはその巨体に似合わぬ素早いステップでそれを避け、がら空きになったクニスカの腹に山羊角を突き刺すべく突進する。
「死ねぇ!」
 裂帛の気合いとともに捻くれ曲がった角の先端が迫る。
 避けようとしても、ステップする先には獅子と大蛇——その必殺の攻撃を前に、クニスカは呟いた。

「——どこ見とンねん?」

 ドカッ!
 まるで持ち主を守るかの如く舞い戻ってきたブーメランが側頭部に直撃し、キマイラはたまらず吹き飛んだ。
 手元へと戻ってきた獲物を手に、クニスカはニヤリと不敵に笑う。
「くっ……おのれ!」
 それまで憤怒の色しか浮かんでいなかったキマイラの表情に、明らかに戸惑いと苛つきの色が浮かんだ。
 与し易しと踏んだ相手が、思いのほか手ごわかった——そんな感じであった。
「ほな、行くでェ……」
 手にした巨大なブーメランに強大なオーラを纏わせ、声高らかにロゴスを紡ぐ。

「『シグマリオンゼファー!』」

 それは、帝国騎士クニスカ卿が放つ最大の言魂。
 オーラで光り輝くブーメランが、いつの間にか晴れ間を見せた空に向かって高く舞い上がる。
 そして、まるで上空から獲物を捉える鷹のように、急降下してキマイラに襲いかかった。
「……クッ」
 まぶしさに目を細めながら、キマイラは頭上を仰ぎ見た。
 間合いを掴ませないようにするかのごとく、太陽を背にジグザグの軌道で迫るブーメランに向かって、左腕の大蛇が忌々しげに牙を向く。
 そして——次の瞬間!
「そりゃーっ!」
 もの凄い勢いで懐に潜り込むように走り寄り、クニスカは渾身の力でキマイラの顎に掌底を入れた。

「ぐッ!?」

 キマイラが上空のブーメランに意識を奪われた、その一瞬の出来事だった。

公開 : (1260文字)

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