#22:神殿(六)

「——待たせたな。もう下がっていいぞ」

 不意に。
 ジンとメイミィの背後から、そんな声が聞こえた。
「え?」
「ジン、きて!」
 メイミィに腕を引かれ、ジンは反射的にその場から飛び退いた。
 そこには……オーラをまとい、すっかり回復した風のテルプシコルが立っていた。
 警戒して、アークは間合いをとり直す。そんなアークを睨み付けたテルプシコル、無言のまま首に巻いていたピンクの長いリボンをほどいた。
 しゅるっと、衣擦れする音が妙に大きく響いた、次の刹那
「——わあ!」
 と、メイミィが思わず声を上げる。
 テルプシコルの身体が光に包まれた次の瞬間、テルプシコルは輝く純白のロングドレスを身にまとっていた。その姿は大変美しく。そして実に神秘的なものだった。
(むっちゃ綺麗やぁ……)
 思わず見とれるクニスカ。もはや、闘いすら忘れてテルプシコルの装束を見ている。
(……なんと、いう……!)
 さしものアークも、美しさの中にある絶大な力を感じて絶句する。
 その装束の正体がとてつもない量のオーラなのは、アークにも直感で感じ取ることができた。
 テルプシコル、警戒のあまり動きが止まったアークに向き直る。
「調子に乗っておるか、アークトゥルスとやら」
 それには答えず、目を細め唇をかむアーク。
 テルプシコルの強大なオーラに対処すべく、密かにオーラを練る。
 そして、そんなアークを見たテルプシコル。怒りに目を見開いた。
「愚か者、身の程を知れ!」
 まるで燃え上がるような純白のオーラが、テルプシコルから吹き上がる。
 それだけで圧力を感じるような気がしてとっさに身構えたアークに、テルプシコルは裂帛の気合いを込めて、言魂を発した。
「『バベル!』」
 その刹那、全身にとんでもない衝撃が走り、アークは思わず膝から崩れ落ちそうになった。歯を食いしばり、なんとか踏みとどまる。どんな闘いでも涼しげな表情を崩さないアークだが、今回ばかりはあまりの衝撃に顔がゆがんだ。
(こ、これは!? 何という力……!?)
 苦痛と驚愕が入り交じったような表情で自分を見ているアークの様子を眺め、テルプシコルはフン、と鼻を鳴らした。
「お主のようなオーラばかり大仰な輩は得てして与しやすいものだ」
 ゆら……
 まるで陽炎のように、テルプシコルの周りをオーラが取り囲む。
 怒りの表情を崩さぬまま、テルプシコルはアークの青白い顔を睨み付ける。
「いい気になっておるから、足下をすくわれるのだ」
 つい先刻まで二人の若き言魂使いを手玉にとっていたのが嘘のように、アークは脂汗を流し、目の前の強大な敵につけいる方法を必死に模索していた。

 そして、その後方で。
 テルプシコルの紡いだミュートスを見て、メイミィは身震いした。
 メイミィが思い出したのは、幼いころにアルコンから聞いたイリオン受難の話……

 いよいよ敵が間近に迫ったときに、テルプシコル姫は言魂を放った。
 『嵐よ! 大地よ! 敵を近づけるな!』
 晴れ渡った空が、一点俄に掻き曇り。時ならぬ暴風雨が敵を襲った。
 そして、同時に大地がうなりを上げ……行く手の山がたちまち崩れて道を塞いだ。
 敵は、それ以上なすすべもなく。大きく回り道をすることになったのだった。

 一見して、テルプシコルは自分よりだいぶ幼く見えた。
 しかし、彼女の強大な言魂は、自分達では小揺るぎもしなかったアークを圧倒している。
 ——伝説のお姫様。
 メイミィは、それはそれは喜びの表情を浮かべて
「『天と大地を揺るがす力』——爺様の話は本当だったんだよ!」
 と、呆然と立ち尽くす傍らのジンの肩を乱暴に揺さぶるのだった。
 そして、一方で。
 成り行きを見守っていたクニスカは誰にともなく呆然と呟いた。
「『そは太陽の如く輝きを放ち——なほ星の如く冴え冴えとたたずむ』」
 それは、ミュートスの間で伝わる叙事詩の一節。

 ——毛織りでもなく、絹でもない。輝ける天の衣をまといし乙女。

 純白に輝くオーラの装束に身を包み、気高くアークの前に立っているテルプシコルを見て、クニスカはゆっくりと力なく首を横に振った。
「……まんま、伝承通りのムーサイの巫女や」
 クニスカが記憶の中から引き出したのは、伝説にある巫女たちの物語。
 おとぎ話のようなものだと思って読んだ——とてつもない言魂を使うエピソードの数々。
 まるで神話のようなムーサイの叙事詩はこう締めくくられていた。

 ——天と地にいと愛されしムーサイの巫女。そは神のごとくあれかしと、民を護り導かん。

公開 : (1852文字)

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