#30:花畑(一)

 里外れの森の中に、色とりどりのベゴニアが咲いていた。
 こまめに手入れをしているものか、なんとも静かで寂しげな森の中でそこだけが一幅の油絵のように華やかに色づいていた。
 メイミィは水を満たしたジョウロを手に、ジンの方を見て言った。
「ここだよ」
 え、と。
 言われている意味を計りかねたか、戸惑うジンにメイミィは少し寂しげな表情を見せた。
「このベゴニアの花の下に、お母さんが眠ってるんだよ」
 思わず息をのむジン。墓標どころか花壇ですらないベゴニアの花畑を見て、メイミィに問いかける。
「お墓じゃないんだ?」
「うん……」
 それを聞いてメイミィは頷き、そして静かに語り始める。
「この里には、お墓ってないんだよね……」
 さあっと、ジョウロで花に水やりをするメイミィ。
「ここはミュートスの隠れ里だから。見つかったら、どこかへ移らなきゃいけないから」
 そう言って、メイミィは驚いたような顔で立ち尽くすジンを見た。メイミィの瞳はどこか寂しげで、静かに諦観の色をたたえていた。
「お墓があると、未練が残るでしょ? この里で死んだ人は……みんな、大地に帰すの」
 ジンはその言葉に息をのみ、ベゴニアの花々を見た。水をやったばかりだからというのもあるのか、実に生き生きと咲き誇っている。
 メイミィは花畑の脇にしゃがみ込み、そっと花弁を包み込むように優しくなでた。
「お母さんはこの花が好きだったから。せめて、ここにいる間だけでもって」
「そうなんだ……」
 呟くように言いながら、まったく知る由もない母の姿がおぼろげに浮かぶように感じてジンはそっと目を閉じた。そんなジンに、メイミィは立ち上がりながら言った。
「――お母さん、ジンの事を気にしてたよ」
「え?」
 驚いたように目を開き、問い返すジン。メイミィはふうっと軽く息を吐き、森の木々の間からわずかに見える空を見上げた。
「もう、お母さんが起きられなくなったとき。わたしを呼んで、ジンが……双子のお兄ちゃんがいるって事を話してくれたときにね」
 空を仰いだまま目を閉じるメイミィ。哀しく、けれど懐かしい――そういう複雑な感情をたたえたような、何とも言えない表情になる。
「『ジンとは、父さんと里を出るときに抱いたのが最後になっちゃったけど……元気にしているかな』って」
 メイミィと少し違う口調――そこに母を感じてジンはうつむく。メイミィは、なおも空を仰いで話し続ける。
「『お父さんは手先は器用だけど、家事は不器用だから。おなかをすかせていないかな』って……心配してたなあ」
 そう、なんだ……と。
 切ないような、あたたかいような……
 今まで感じたことのない感情に戸惑いを見せながら、ジンは無言のまま頷く。そして、そんなジンをメイミィは優しい表情で見つめた。
「お母さん、死んじゃう前にね……言ってたよ」
 すうっと。
 メイミィは息を吸い込んで。記憶に残る母の口調でジンに告げた。
「『死んだら里を出られるかな? そしたら、ジンとお父さんのところに行こうかな』って」
 少し、目を潤ませて。

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