#34:王城――イリオン暦五二五年

「……なんと言うことだ」
 テルプシコルは王城の惨状を見て、唇を噛んだ。
 『白き宝石』と言われたイリオンの王城は、攻めてきたカルデアの軍勢に焼き討ちをかけられて、落城も時間の問題だった。
 護衛の聖騎士は今や一人もおらず、お付きの女官すら混乱ではぐれたまま……
 テルプシコルはただ一人、滅び行く王国の末路を眺めていた。
 白菊とたたえられた可憐な姿は、しかし、それ故に今にも消え入りそうな儚さを感じさせる。
「ここにいたのか、テルプシコル!? こっちだ、早く!」
 呆然と立ち尽くすテルプシコルを一人の若者が物陰から手招きする。
 城を枕に討ち死にと思ったテルプシコルだが、見知った顔を見たら決意が揺らいだものか。
「……今行く、オレステス」
 ――ひとまず城を後にして、体勢を整える。
 自分にそう言い聞かせながら、彼と共に王城を後にしたのだった。

 そして、王城裏手……食料などの納入口に一台の小さな馬車が止まっていた。
 二頭立てだが、屋根なしで槍や弓を使える戦闘用のチャリオットではなく。高貴な人が乗るであろう頑丈な箱馬車である。
 割合に洒落たデザインの馬車であったが窓は板を打ち付けて塞がれており、中の様子が外から分からないようにされていた。
「テルプシコル、中へ!」
 若者――オレステスに言われるがまま、テルプシコルは車内に入る。
 そして……
『がちゃっ……!』
 馬車の扉が突然閉まった。中にいるのはテルプシコル一人だ。
「な、なんだ!?何故私だけ乗せられるのだ!?」
 狼狽の中でテルプシコルは扉を開けようと試みるが、まるでびくともしない。
 窓が塞がれた車内は、真っ暗で。外の様子をうかがうどころか自分の指先すら見ることが出来ない。闇雲に手を振ってみるが、馬車の壁以外には何も手に触れることはなかった。
 そんな状況に戸惑うテルプシコルの耳に、オレステスの言葉が届いた。
「ごめん、テルプシコル。僕も、イリオンも……君を失うわけにはいかない」
 その口調は、静かに落ち着いた――死を覚悟した者のそれであった。
「何を言っている!? ここを開けろ、オレステス!」
 その事を感じ取ったテルプシコル。こゆるぎもしない扉を叩きながら、半ば怒りの、そして半ば悲しみの声で叫んだ。
「私も戦う! 国を……皆を護るぞ!! オレステス!!」
 民を導き、苦難から救う――それはムーサイの巫女に課せられた使命だった。
 一拍の間。
 静かな、そして沈痛な口調で。オレステスは半狂乱のテルプシコルに告げた。
「タレイアとウラニアが殺された……と連絡があった」
 扉を叩く音が、止まる。
 自分より年若の――妹のようにかわいがっていたムーサイ達だった。
「……なんということを」
 テルプシコルのショックにかすれた声が、馬車の中から聞こえた。
 オレステスはその声を聞き、唇を強くかみしめると。力強い口調で
「君を命に代えても守る」
 と、テルプシコルに告げた。
「それに……君との約束を果たさなければいけない」
 返事はなかった、が。息を飲む気配だけが、オレステスに伝わってきた。
 そして、オレステスは馬車の外から、板を打ち付けた窓に額を付けた。
 彼は胸元に輝く王家の紋章が入ったブローチをグッと力を込めて握り締めながら。
 息を大きく吸い込み、万感の思いを込めて。
「テルプシコル、僕は君を愛している」
 と、護るべき人に告げた。
 それを聞いたテルプシコル。同じ窓に内側から額を付けて
「私もだ、オレステス……」
 と、想いを噛みしめるように答えた。
 暗闇の中に、その言葉は淡く光を放つように、切なく響いた。

 そして、馬車が走り出した。
 暗闇の中、自分の頬に涙が伝うのを感じながら、テルプシコルは力なく座席に腰を落とす。
 そして……張り詰めていた気持ちが緩んだものか。
 座席の背もたれに寄りかかり目を閉じた途端、暗闇の底に引きずり込まれるような疲労に襲われたテルプシコル。すうっと、静かに眠りについたのだった……

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