#35:アルコン邸――現在

「――そして、目を冷ましたらあの神殿で。お主らがいたというわけだ」
 それは『歴史上の出来事』と言っても差し支えないほど、遙か昔の話だった。
 しかし、テルプシコルの表情はつい先日に起こったことを語る重さと悲しさを秘めており、話を聞いた三人も、なんと声をかけて良いのか分からず、沈痛な面持ちで黙り込んでいた。
 そんな中、ふうっと短く深いため息をついたテルプシコル。まっすぐアルコンの顔を見る。
「その後、イリオンはどうなったのか教えては貰えぬか?」
 尋ねられたアルコンは眉根を軽くひそめて答えた。
「愉快な話では無いぞ。良いか?」
「かまわぬ。背を向けたとて何も変わらぬし始まらん」
 テルプシコルの腹を括った口調での答えを聞いて、アルコンは頷く。
 そしてゆっくりと、テルプシコルの目を見ながら話した。
「帝国の侵攻に最後まで抵抗し、王家全員が戦死したと聞いている……」
「全員、か……そうか。そうだろうな」
 テルプシコルはそう言って自嘲気味に笑う。
「実際は、こんな所に一人コソコソと隠れていたヤツがいた訳だがな」
 それを聞き、アルコンは眉をしかめた。テルプシコルは唇を噛みうつむきながら独白する。
「イリオンの最後の生き残り……か」
 ぎゅっと。
 指の関節が白くなるほど、拳を握りしめ。
「何故、私だったのか……他に巫女は八人もいただろう」
 きつく瞳を閉じ――その刹那、脳裏に浮かぶ少女達の顔に表情をゆがめて
「私よりも若い……いや、幼き者達が!」
 テルプシコルは、血を吐くように言い捨てた。
 テルプシコルの脳裏に浮かぶムーサイ達は、みな無邪気な笑顔で自分を見つめていた。
「姫さま……」
 メイミィ、何か慰めの言葉をと思うが言葉が出てこない。
 ジンも同様。ただ、黙って――不安げな表情を浮かべて立ち尽くす。
 そんな二人を前にしたテルプシコルは、ふうっと、何かを思いきるように息を吐いた。
「すまぬ、愚痴をこぼしたな。言っても詮ないことだった」
 一拍の間。
 苦笑しながら、テルプシコルは言う。
「あと、姫さまはやめてくれ」
 え、と。目を丸くするメイミィとジンに屈託の無い声でテルプシコルは言う。
「ここでは、すでに三百年も前に滅んだ国だろう? そんな私が『姫』も無いものだ」
 なおも苦笑いして話すテルプシコルの表情に、たとえようのない寂しさが混ざっているのを見て取ったアルコン。黙って、眉根を寄せる。
「呼ばれかただけ偉ぶっていても仕方があるまい。姿もこんな子供になってしまったしな」
 自嘲するにように言うテルプシコルをいたわるようにジンは笑いかけた。
「子供の姿でも、充分姫様だよ」
「ジンと言ったか。そう言ってもらうと、正直うれしいが……」
 ふっと、柔らかい微笑みを見せて。テルプシコルはジンに言った。
「私はもはやただの『テルプシコル』だ。これからもそれでよろしく頼むぞ」
「……うん。よろしく、テルプシコル」
 と、ジンはにっこり笑って頷いて見せる。
 その横で、同じくニコニコ笑っているメイミィは
「じゃあ、わたしは……」
 と、テルプシコルの前に立つや実に良い笑顔を見せた。
「テルちゃん、って呼ぶことにするよ!」
 きょとん、と。テルプシコルの目が丸く――なるのを通り越して、点になった。
 ジンも同様。何言ってんだコイツ、ってな表情だ。
「テルプシコルって言うより、テルちゃんの方が可愛いじゃない?」
 そんな二人の様子には微塵も頓着する風も見せず、同意を求めるメイミィ。
 なおも呆然としているふたりからは同意の様子は見受けられないが、気にせずに続けてみる。
「だから、『テルちゃん』。ね、かーいーでしょ?」
 にっこり。
 よくわからないが、かなりの自信を持ってメイミィはにっこりした。
 そして――にっこり笑顔のメイミィを見て、呆然と立ち尽くすジンを見て。
 テルプシコルは、ジンに尋ねた。
「いつも、こうなのか?」
 今日はじめてあったのに、しるもんか。
 そう思ったものの、すうっと息を吸い込んで
「なんというか……ごめん」
 ジンは、とりあえず謝った
 ――兄貴として。

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