#36:アルコン邸、居間 (一)

 そして、その後。場所を寝室から居間に移した一同。
「なるほど。蚕魂職人なのか」
「後でその服を直しましょうかな」
 と、アルコンの自己紹介もつつがなく終えて。
 メイミィの入れたお茶を飲みながらなおも語り合った。
「さて、その後だが」
 と、アルコンが語り始めたのを受けて。テルプシコルは居住まいを正す。
「イリオンを滅ぼしたカルデアは、国名を聖イリオン帝国と変えた。そして、時のカルデア国王クレイトスが初代皇帝となり、修復したイリオン城を居城として、国を治めることとなった」
「あの傲岸不遜な奴か。礼儀を知らぬ奴と思っていたが、恥も知らなんだか」
 歴史を語っているはずのアルコンだったが、語った相手が歴史上の人物と顔見知りだという、あり得ない反応に思わず言葉を失った。そして、当のテルプシコルは、特にそんな様子を気にすることもなく不快げに眉をしかめる。
 どうしたものかと考える風のアルコンは無言のまま一口茶をすすり、ややあって軽く肩をすくめながら話を再開した。
「その建国の闘い……まあ、それほど素晴らしいものでもないが……ともあれ、ミュートスと帝国との闘いを『言魂戦争』と呼んでいる」
 テルプシコルは何か言いたげな表情で。それでも黙って先を促す。その横で、ジンとメイミィは興味津々といった様子でアルコンの話に聞き入っていた。
「言魂戦争は今も終わっておらず。我らミュートスは帝国の敵として、常に迫害されている」
 一拍の間。アルコンは、苦々しい表情で続きを語った。
「そして、一年ほど前……皇帝は前触れもなく騎士達に『ミュートス狩り』の勅命を下した。『言魂戦争を忘れるな。ミュートスを根絶やしにしろ』と皇帝に命じられた騎士の連中が、やっきになって各地のミュートスを捕らえたり殺したりしている」
 それを聞き、テルプシコルは怒りの色をたたえて目を見開く。その横で、複雑な表情でうつむくジンをメイミィは横目で見ながらティーカップに口を付ける。
「何という……」
 と嘆いて、テルプシコルはアルコンの皺だらけの顔を見た。
「このイリオンは……ミュートスで導かれた国だったのだぞ!」
 思わず大きい声で激高するテルプシコルに。アルコンは静かに語り続ける。
「それも……三百年も前の話になってしまったのだよ、姫様」
 むう、と。呻いて絶句するテルプシコル。
 そこで何かを思い出したかのように、不意に表情を曇らせたアルコンは入り口のドアを見つめながら言った。
「……実はつい先日もそれらしき人間が里の近くにいた」
 え?と、皿の上のビスケットに伸ばしたメイミィの手が止まった。
 アルコンは住み慣れた我が家をなんとなしに見渡した。
「ひょっとしたら、ここも引き払わなければいかんかもしれんな」
 言いながら、アルコンは皿の上からミントケーキをつまんだ。そのままぽちゃんとお茶に投入した。ぷつぷつとミントケーキが溶ける音が、かすかに耳に届く。
 そしてメイミィ、表情を少し曇らせながら聞いた。
「どのあたりにいたの?」
 メイミィの質問に、ちょっとだけ間を開けてアルコンは答えた。
「麓の町から山に登る道のあたりだ。世間話を装って、色々と聞いてきたな」
「里のことを?」
 ふむ、と頷きながらお茶をすするアルコン。ちょっと甘くなりすぎたのか、カップから口を離して眉をしかめた。
「この近くに住んでいるのか、とか。どんなことを生業にしているのか、とか……色々とだな」
 それは予測できたのか、メイミィは表情は動かさずにビスケットを手に取った。ちょっと硬いビスケットだったので、お茶にちゃぷちゃぷ漬けてふやかすことにする。
「で、どうしたの?」
 メイミィの質問に小粋に肩をすくめたアルコンは、ポットから茶をつぎ足しながら答えた。
「まあ、適当にあしらってお帰りいただいたよ」

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