#38:アルコン邸、居間 (三)

 眉根を寄せ、納得のいかないような表情になるテルプシコルを不憫そうに眺めながら、アルコンはゆっくりメイミィを指さした。
「このメイミィは、里の中でも他に類を見ない強力なミュートスを持って生まれた」
 それを聞いてほお、と声を漏らしてメイミィを見るテルプシコル。ジンも右に同じ。
 二人からじーっと見られたメイミィは、何故か顔を赤らめた。
 そんなメイミィの首に巻かれた『猫玉模様』の黄色いリボンをアルコンは指さす。
「そのミュートスを隠すため、力を抑えるリボンをこしらえた程だ」
 強すぎる力は目立ってしまうからな、と。不憫そうに言うアルコンの話を聞き、テルプシコル。納得顔で頷いた。
「私のリボンと同じだな」
 そう言い置いて、テルプシコルも己が首に巻かれたしなやかなリボンを手に取ってみせる。
「何気なく言ったことまで本当になってしまうので、迷惑にならぬようしているのだが」
 と、少し気まずそうに言うテルプシコルにアルコンはゆっくりと頷いてみせる。
「メイミィも一緒だ」
 言い置いてアルコン、一拍の間。ため息混じりに言葉をつなぐ。
「メイミィの口にすることが、みんなの望みと同じであれば問題はないが……そうとも限らん」
 それを聞き、過去の黒歴史をいくつか思い出したのかなんともバツが悪そうにメイミィはうつむいた。
 そして『あっちいけ!』の一言で泉にたたき込まれたジンも複雑な表情でメイミィを見る。
 が……件の『黒歴史』の中にジンを吹き飛ばしたことはカウントされていなかったようで。残念ながらメイミィはノーリアクションでフィニッシュであった。
 その代わりにテルプシコルが、やおら複雑な表情になってぽつりと話し始めた。
「子供の頃な……雨が降ると外で遊べぬではないか」
 うんうんと頷くメイミィ。テルプシコルは、何かを思い出すように遠い目で
「夜寝る前に『明日天気になれ』と言い続け……」
 少し間を開け、独白のように語った。

「――イリオンの街を干ばつの危機に陥れたことがあった」

 だから、お主だけではないから気にするな。
 と、言いたかったらしいが……なんか話の持って行きかたを失敗しちゃった風情のテルプシコル。バツの悪そうな顔でうつむいた。そして、そんなテルプシコルの話を聞いて
(いや、そんなすごい話と一緒にされても……)
 とメイミィは思わず苦笑いする。ジンも自分の力では到底あり得ない話に絶句した。
 そんな中、愉快そうに微笑んだアルコンだけが
「で、どうされた?」
 と、なんとも楽しげに尋ねた。
 それに対して、なおも複雑な表情でテルプシコルは語り出す。
「私の前のテルプシコル……口うるさい婆さんだったが……それに、私のせいと気づかれてな。それはそれは、こっぴどくしかられた」
 はあっ、と。嫌なことを思い出したと言う風情のため息をついて。
「『自分でしたことは自分で何とかせい』と言われて、朝な夕なに『この秋の実りが豊かでありますように』と必死に祈ったものだ」
 と、もはや記録にも伝承にも残っていない『テルプシコル婆さん』の声真似付きで語った。
 そして、遠くをみるような瞳になったテルプシコルは
「幸い、その秋はたぐいまれな程の豊作でな」
 と言った後で、少し間をおいて。
 ちょっと懐かしげな、ちょっと寂しげな……そんな表情になりながら
「――私の他に、テルプシコルの婆さんが必死に祈ってくれていたと聞いたのは、婆さんが死んで私がテルプシコルになってからのことだったが」
 と、きまりの悪そうな笑顔を見せた。

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