#39:アルコン邸、居間 (四)

「その時、私もリボンを付けさせられた」
 そう言って、テルプシコルは自分の首を指さした。上等な蚕魂で織り上げられたペールピンクのリボンが、かすかに揺れた。
「窮屈でな。散々嫌がったものだが、他のムーサイにも説教されてやむなく、な」
 それを聞いたアルコン。ほぉ、と感嘆の声を漏らす。
「姫様は、余程のやんちゃだったと見える」
 愉快げに笑うアルコンに、テルプシコルはちょっと赤面しつつ、目線をそらして
「……まだ、5つか6つのころの話だからな」
 と、小声で反論してから、テルプシコルはリボンの端の方をそっと手に取った。
「リボンの柄を好みのものに仕立ててくれと無理を言ってな。職人にはずいぶんと子供のわがままにつきあわせてしまった」
「確かにかわいらしい柄だな」
 アルコンの忌憚のない意見を聞き、テルプシコルは苦笑する。
 ペールピンクの『ウサ玉模様』のリボンは確かに、見る者に神殿を連想させる厳かな雰囲気の服には、まるで合わないかわいらしさである。
「大人になるまで使うとは、子供の頃の自分には考えが及ばなかった」
 そう言って、テルプシコルは手に取ったリボンの端をなんとなしに見つめる。つややかなリボンの生地を見つめ、軽く目を細めた。
「汚れたりほつれたりしたら、落ち着いた柄のものを仕立てようと思ったが。職人の腕が良くてな。十九歳になっても新品の様だった……」
 そこで、テルプシコルはふと、何かに気がついたような表情で顔を上げるや、目を見開いてアルコンの顔を見た。

「――アルコン卿!?」

 そんなテルプシコルの驚愕の声を聞いたアルコン。得意な軽口も出ずに目を丸くする。
 そして、テルプシコルはなおもアルコンの顔を驚きの表情で見ながら言った。
「このリボンを作ったのが……アルコン卿という、お主に似た男だった」
 言いながら、信じられないように首を二・三回振って。アルコンの顔をまじまじと見つめた。
「お主もアルコンと言うたな?」
 言われたアルコン、少しの間を置いて頷く。
「ああ、遙か昔この家は王国に仕え、蚕魂の品物を納めていたと聞いていたが……」
 と、呟くように言いながら。アルコンは改めて自分の家を見回した。
「生まれたときから、この家だったからな。白亜の宮殿とはほど遠い」
 ふん、と。軽く鼻を鳴らし、目を細めてアルコンはテルプシコルのリボンを見る。
「しかし……なるほど。姫様のリボンはやはり我々が紡いだ蚕魂で織られたものだったのか」
 道理で似ているわけだ、と感心したように頷いた。
 そして、話の成り行きにいささかついて行けずに目を白黒させているジンとメイミィを他所に、アルコンはニヤリと面白そうに笑ってみせた。
「それで……その『アルコン卿』に、ワシの顔が似ているのかね?」
 問われたテルプシコル、軽い思案の後で少し眉根をひそめてみせた。
「うむ、性格も良く似ている」
 なんとなく嫌そうに言うテルプシコルには頓着せず。飄々とした体でアルコンは言う。
「作る物も似ているようだ。姫様のリボンを拝見してもよろしいかな?」
「ああ、かまわぬぞ」
 快諾したテルプシコルに軽く頭を下げ。アルコンはテルプシコルの前に歩み寄った。
 そして、リボンをそっと手に取ると小声で数言ミュートスを紡ぐ。
 ――ぽお、と。
 アルコンの紡いだ言魂に呼応したものか、リボンに織り込まれた紋様が淡く輝いた。
「確かに、我らの蚕魂のようだ。ご先祖様もなかなか腕が良い」
 アルコンは得心げに言ってから、バツが悪そうな感じに苦笑した。
「……というより、ワシらがまるで進歩しておらぬのだな」
 そんなことを言いながらも、アルコンはうれしそうにリボンを手に微笑んだ。

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