#4:序章(四)

「……まったく」
 その盗賊たちが逃げていくのを見送った男は困ったものだとため息をついて、ゆっくりとジンに向き直った。そして、呆けたように立ち尽くすジンの顔をのぞき込みながら
「大丈夫か?」
 と優しい声で尋ねた。その男の顔を間近で見ながら
(カッコイイひと、だなあ……)
 とか。まるで神殿にある彫像のような、整った顔立ちにしばし見とれた後で何故か思いっきり赤面しながら、慌ててジンは頭を下げた。
「だ、大丈夫です! ありがとうございましたっ!」
 最敬礼を通り越して、立位体前屈をするような勢いで深々とお辞儀をするジンの頭に、男はぽんぽん、と手を乗せた。
 素手で剣を払いのけ、ゴツい大人の男性を一発で叩きのめしたその手は、しかし、とても暖かかく優しい感触だった。
「怪我もなさそうだな。間に合って良かった」
 おずおずと顔を上げたジンを見て、男は満足そうに頷いた。そして、少し居住まいを正してジンに向き直る。
「俺は、帝国騎士アークトゥルス」
 ジンはその名乗りを聞き、腕利きの言魂使いだけで組織されると言われる帝国騎士の紋章を見て改めて目を丸くした。
(……騎士の人って、なにか呼び名があるんだよね?)
 『卿』と言う敬称を思いだせず、戸惑う風のジンに。男は優しく微笑んだ。
「アークと呼んでくれ。君の名前は?」
「ジ……ジンです!」
 かちんこちん。
 そんな音が聞こえそうなくらい緊張している風のジンを見て、アークは思わず吹き出した。
「そんなに固くならなくてもいい」
「あ、は、はい……えっと、その……」
 そんなこといわれても、である。なおも緊張したまま、少ない敬語のボキャブラリーの中からジンは必死で言葉を探す。そして、それを見ていたアークは苦笑しながらジンに言った。
「それに、子供が敬語なんか使うものじゃない。普通に話していいぞ」
 その言葉を聞き、ジンは力を抜くようにふう〜っと息を吐いて
「うん……ありがとう、アーク」
 と、はにかむような笑みを見せた。アークは優しく微笑むと、ゆっくりとあたりを見回した。
「この近くに住んでいるのか、ジン?」
 今いる場所は、どう見ても『山中の崖っぷち』で、近くに家があるようには見えない。だが、ジンは森の方を指さして
「うん、ここから少し下ったところに住んでるんだよ」
 と、にっこりと笑って答えた。
 ——里なんて、あったかな?
 考えながらも頷いたアークは、マントを羽織り直してジンに言う。
「もしかしたら、先ほどの奴らが待ち伏せしているかもしれない。家まで送ろう」
 きょとん、と。ジンは不思議そうな表情で、アークに向かってこう言った。
「家なんてないよ」
 今度はアークが目を点にする番だった。ジンの言葉の意味をはかっている風のアークに、ジンはきわめてお気楽な口調で補足する。
「ずっとこの森に住んでるんだ。父さんが死んでから」
 さっ、と。アークは瞬時に真顔になる。
「……ひとりで、か?」
 うん、と。アークの問いに答えるジンだったが、少し苦笑いしてアークの顔を見る。
「だって、生まれてからずっと……父さんと二人だけで旅をしてたから」
 父さんがいなくなったら、ひとりだよねと。屈託なく話すジンをアークは黙って見つめた。
 ジンの細い腕は、盗賊どころか獣や……ましてモンスターから身を守ることもできないだろう。それに……子供には、色々なことを教えてくれる大人が必要だ。
 しばらく考えた後で、アークはゆっくりとジンに手をさしのべた。
「一緒に来るか、ジン?」
 予測もしていなかった申し出に、ジンは思いっきり目を丸くする。
 そして、すこし考えた後で満面の笑みでアークを見た。
「うん。行くよ、アーク!」
 差し出されたアークの手を、ジンは小さな手で握り返した。

 ——そして、その日から。
   ジンはアークとともに、大陸中を旅することになったのだった。

 旅をしながら、アークはジンに言魂による戦い方——ロゴスの技を教えた。
 ジンの年齢だと修行開始には遅めの年齢ではあるのだが、アークの常識を遙かに超えた上達の早さでジンは成長していった。
 本来は四〜五年かかると言われるロゴスの基礎を、半年で習得した。
 十年かかっても覚えられないものもいるという、まとったオーラを技として放つこともあっさりと覚えた。
 その結果、一年たらずでちょっとしたモンスターや獣から身を守れるようになった。
 そして、二年ちょっとで……おそらく例の盗賊達と再戦しても、全員コテンパンに叩きのめすことができるだけの実力を備えるに至った。
(何故、こんなに上達が早いのだろう……?)
 天賦の才能と言う奴だろうか、と思いながらも実に育て甲斐のあるジンに、アークは色々な技を教えていった。
(いずれ、騎士候補生として推薦してもいいな)
 と、彼の初めての弟子が成長することをアークは喜び、修行の工夫を考えた。
 その後、アークはジンを育てながら騎士の役目のためにしばしばイリオンに帰った。
 『従者としてなら門内にだって入れるぞ』というアークの申し出を頑なに断って、決して帝都イリオンに行こうとしないジンを自分の修行小屋に住まわせつつ、任務の際には従者として一緒に旅に出たりして、ジンと二人でただひたすらにロゴスの修行に明け暮れる日々を送ることになった。
 当時、アーク十八歳。ジン十歳。

 ——そして、それから四年の歳月が流れた。

公開 : (2203文字)

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