#40:アルコン邸、居間 (五)

 アルコンが言う『蚕魂』というのは、平たく言えば蚕の一種の名前であるが。同時にその蚕の繭から作られる絹糸のことも指す。
 言魂とよくなじむ特性を持つ蚕魂の生糸からは、言魂使いにとって貴重な織物が作られる。
 作り方としては、通常の蚕よりも、少し小ぶりな蚕魂の繭を三十分ほど沸騰した湯に浸けて良くふやけさせ。その後、途中でぷっつり切れないように六~十個の繭を丁寧にほどいて糸を木枠に巻く――座繰りをした後に、二週間ほど丹念に陰干しをして念入りに仕上げていく。
 そして、撚糸した後に生糸となるわけだが。通常ならば、言魂の力を増幅する力があるその生糸。優れた職人の手によって撚糸の際に言魂を撚り込まれる事により、様々な言魂の力を保持させることが出来るのである。
 今しがた話題に上った『力を抑えるリボン』と言うのは、そういう特性によるものだ。
 また、余談ではあるが。
 未熟な職人であれば、小粒の蚕魂の繭では十粒付けくらいでなければ満足に座繰りすら出来ないものだが。熟練の職人であるアルコンの場合は四粒付けや五粒付けで、するすると滑るようになめらかに素早く糸をひいていく。
 普通ならば素早くやると力一杯ピンと張ってひいてしまうために、いわゆる『針金糸』という固く伸びない糸になってしまいがちなものであるが。アルコンはその力加減も絶妙で、実にしなやかな美しい生糸を作り出す。
 さらに、撚糸の時に言魂を含ませるのが蚕魂糸の製法だが、アルコンは座繰りで糸をひく時点から言魂を下ごしらえで含ませることが出来る。
 そのことにより、アルコンの作る蚕魂織りはしなやかで美しく言魂の力も強いのだという。
 アルコンがテルプシコルのリボンをつぶさに見て、代々受け継がれた独自の技法で作られたものだと看破したのは。そうした己の技が使われている事を見て取ったからであった。

 ともあれ、アルコンはなおもテルプシコルのリボンから目と手を離さずに
「さすが王家への献上品。織りも綺麗だな」
 と。感心しきりに呟いた。
 いくら王家に作品を献上していた職人の末とはいえ、落ち延びた末に三百年隠れ住んでいた事情もあり。昔の作品――まして、献上品にまで選ばれた逸品など残っておらず。アルコンも目にするのは初めてであった。
 そんなアルコンを見て上機嫌に微笑みながら、テルプシコルは頷いた。
「丁寧な仕事をする者だった」
 アルコンはそのテルプシコルの胸元にあるリボンに顔を近づけ、しげしげと眺めている。
 そのままテルプシコルの言葉に納得げに頷き、すうっと息を吸い込んで言った。
「良いにおいもする」
 ちょっとした沈黙。
 テルプシコルは大音声でアルコンに告げた。

「それはリボンと関係なかろう!! というか……そう言う所も変わらんな、アルコン卿っ!!」

 アルコンはその大音声を聞いて愉快げに笑うと、ゆっくりとテルプシコルから離れた。
「大声を出すな。冗談だ」
 そんなアルコンをジト~っとした目で見るテルプシコル。
「そうだろう」
 と、もっともらしく頷いてみせる。
 そして、アルコンはテルプシコルに茶目っ気をたっぷり込めたウィンクをしてみせた。
「良いにおいがしたのは本当だぞ」
「ああ、そうだろうとも」
 ちょっと赤面して言い、ふと。テルプシコルはため息をつく。
「なにやら三百年も経った気がせぬな」
 その嘆きを聞いて、アルコンはゆっくりと頷く。
「さもあらん。良い品物は時を越えるものだ」
「リボンの話ではないぞ」
 すかさずツッコミを入れるテルプシコルを受け、アルコンは心底楽しそうに笑ったのだった。

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