#42:アルコン邸、居間 (七)

 そのジンを見て、すこし考える風だったテルプシコルだったが。
 ゆっくりと立ち上がり、柔らかい微笑みをジンに向ける。
「……正直、右も左もわからぬからな。助かる」
 その微笑みに、思わず赤面するジン。
 思えば、物心ついてからはずうっと父親と二人きり。
 その後は、アークと二人きり。
 無論、途中で街によったりクニスカが襲来したりと、女性と接する機会が無いわけでもなかったが。年回りが近そうな女の子との交流はほとんどなかった。しかも、テルプシコルは幼いとはいえずば抜けた美人。
 女性的免疫不足なジンにとって、この微笑みはいささか破壊力が強かったかと見える。
 そして、ぽーっとしているジンの背後から
「わたしもいく!」
 と。やたら元気かつ無遠慮な声が響き。ジンはびくんっと肩を跳ね上げた。
 そんな双子の兄の様子には頓着せず。メイミィも自己PR開始。
「ジンはロゴスでわたしはミュートス。ジンとは違った感じで力になれるよ」
 きっとね、と。メイミィはにっこり笑う。
 そして、その様子を見て目を丸くしている二人をみて面白そうにニヤリと笑った。
「それに……ふたりっきりだと、別の意味であぶないしねー」
 それを聞き。小刻みに首を横に振って、ジンは慌てて否定する。
 ふん、と鼻を鳴らして苦笑するテルプシコル。
 うまく言えないが……ジンには強く生きていただきたい。
 ともあれ、お気楽に笑うメイミィを見て。
「……まあ、仲間は一人でも多いと心強い。ありがとう」
 と、テルプシコルはうれしそうに笑った。
 そんなやりとりを眺めて、明らかに余計なものを釣り上げた事を悟ったアルコンが
「いや、待て待てメイミィ」
 と、先ほどとは打って変わった渋面でメイミィに言う。
「お前は今まで旅はおろか――この里から出たことも無いだろう」
 だから、お前はやめておけ。
 そんな口調で言うアルコンにメイミィは向き直った。
「わたし、たしかに外の世界を知らないけど……こうやって、テルちゃんやジンと出会ったのは何かの縁だと思うんだよね」
 そして、ふっと。メイミィは短いため息をついた。
「今まで、何をしたいのか分らないまま暮らしてきたけど」
 何かを思い出すかのような遠い目で語りながら。
 なおも渋い顔を見せているアルコンに向かい。
「テルちゃんやジンと旅をして、外の世界を見て回る」
 しっかりとした口調で、まっすぐな視線で。
「とりあえず、今はそれがやりたいことだと思うんだ」
 と、メイミィはハッキリと言い切った。
 それを、まっすぐ受け止めたアルコン。腕を組んで考え込む風だったが。
「……仕方がないな」
 と、あきらめたように二・三回首を振った。
「孫も……アンティマコスも似たようなことを言って出て行った」
 と、天井のあたりを見上げたアルコンは、はあっとため息をつきながらうなだれた。
「帝国を倒し、ミュートスの英雄になると……な」
 そして、ややあって顔を上げ、アルコンはメイミィに向き直る。
 その表情からは渋さは消え。代わりに心配げな色が浮かんでいた。
「もう止めはせんよ。ただ、気をつけてな」
 うん、と。メイミィは頷いて、それはいい笑顔をアルコンに向けた。

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