#43:アルコン邸、居間 (八)

 アルコンはゆっくりと立ち上がり、戸棚の中から一枚の地図を取り出した。
 古ぼけた地図だったが、街道図の他に細かく地形・地名や枝道など。微に入り細に入り書き込んであった。
(クニスカにお手本で見せたいよね、これ)
 その地図を見たジン。やや複雑な表情で、そんなことを考えた。
「ミュートスの隠れ里がだいたいこのあたりにあると記した地図だ」
 場所は変わっているかもしれないが、と言い置いて。
「気をつけてゆかれると良い、巫女様」
 と。アルコンは地図をテルプシコルに手渡した。
 テルプシコルは押し抱くようにして地図を受け取った。
「ありがとう。本当に助かる」
 と、その地図を眺め、テルプシコルは嬉しそうに目を細めた。
 なにせ、三百年の歳月が流れているのだ。地名も変われば街道も増える。
 それでも、アルコンに色々と尋ねながら地図を読み解いたテルプシコルは
「手始めに、西に行けば良さそうだな」
 と、大変満足げに頷いた。
 んでもって。その後ろから地図をのぞき込んでいたジンとメイミィ。
「西かあ」「西だねえ」
 と。毒にも薬にも、腹の足しにも犬のエサにもならぬような、実にスカスカな会話を交わす。
 こういうところは、何というか離れて育っても双子なのだろう。
 それをよそに、テルプシコルは地図を丁寧にたたみ、少し思案の様子を見せた後で
「では、明日の朝早くに出立するとしよう」
 と宣言する。そして、テルプシコルはメイミィの顔を気遣うように見上げた。
「……できれば、里の皆が目を覚まさぬうちが良いだろう?」
 里に入ったときは意識を失っていたものの。『隠れ里』『余所者』と言う事実を鑑みたテルプシコルの言葉にちょっとだけ寂しげな色を浮かべて
「そう、だね。……そのほうが、いいかも」
 と、メイミィは微笑んだ。
「巫女さまに気を遣わせてしまって……かえって申し訳ないな」
 と言いながら。アルコンも眉根を寄せつつ頷いた。
 そして、今まで旅の空の下。定住すらマトモにせずにお気楽に過ごしてきたジン。
(そんなものなのかなあ……?)
 と、なんともピンと来ていない表情で黙って首をかしげる。
 そして、テルプシコルはうん、と軽くのびをすると。
「では、明日早いし。早めに休むとしよう」
 と、提案する。
「それでは、姫様とジンの寝床をつくってこよう」
 アルコンはそう言うと、先ほどまでテルプシコルが寝ていたメイミィの部屋とは別の方向に消えていった。
「わたしも行く」
 メイミィもその後に続き、残されたのは。
「ふわ……」
 と、小さくあくびをするムーサイの巫女姫と。
(……えーと)
 なんとも所在なげに立つジンの二人であった。
 あくびの後でジンに気がついた風のテルプシコルは顔を赤らめ、バツの悪そうな顔を見せた。
「あれだけ眠ったのに……何故か眠くてたまらぬのだ」
 ――別に、何も言ってないのに。
 そんな感じで苦笑したジン。テルプシコルに向かって軽く首を振ってみせる。
「疲れているのかも。これだけ色々あったんだから」
「そうか……そうかもな」
 とろーん。
 ただこれだけの会話の間に、オチそうになっているテルプシコルである。
 今にも目が閉じそうな感じで、無防備に脱力した眠たげな姿をさらしているテルプシコルを見て。そこから醸し出される、得も言われぬかわいさというか愛らしさというかなんというかに気がついてしまったジン。見ちゃいけないものを見ちゃった感を覚えつつ、なんとなしに一人赤面して下を向く。
 なんというか、お気楽な空間であった。

 その後、こっくりこっくり船をこぐテルプシコルと、それをちらちらと見やるジンの元にやってきたアルコンとメイミィ。
「待たせたな……そんなに待たせたかな?」
「あー、テルちゃん眠そうだねー」
 苦笑する二人に、眠い目をこすりながらテルプシコルは頭を下げる。
「……すまぬ、こんなところまで子供になったのかも……しれぬ、の」
 と、なんとも眠そうなテルプシコルに和みつつ。メイミィはテルプシコルを誘う。
「じゃあ、明日。おやすみー!」
 と、手を振って。ふわふわ歩くテルプシコルを連れて、メイミィは台所の脇にある扉の向こうへと消えていく。そして、ジンも、アルコンに案内されて作業場の脇にある部屋へと入った。
「孫の部屋だが……里を出て行ってしまったからな。今日はここで休んでくれ」
 中は決して広くはないが、こざっぱりと整理された室内にシンプルなベッドが鎮座している、一目見て(男の部屋だ……)と見当がつく部屋だった。
「ありがとう」
 とアルコンに礼を述べるジンに、軽く手を振って去っていくアルコンを見送り。
(……寝よう、かな)
 と、少し堅めの寝台にジンは身を横たえたのだった。

公開 : (1931文字)

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