#48:古代の神殿(二)

 自分の名乗りを聞いた時にテルプシコルが見せた驚きの混じった怒りの表情を思い出したアークはなんともいたたまれない気持ちにさいなまれながら、渋面で先を促した。
 そういや、アンタ思っクソ名乗っとったなァと。苦笑してからクニスカは説明を続ける。
「ほんで。『ムーサイの巫女』の中から、一番力が強いひとりを選んで王女様にして、残り八人がそれを補佐して国を治めてたと言うふうに伝えられてるんにゃけどな……巫女の名前は決まっていて、代々名前を継いでいくンや」
 記憶の糸をたぐるように、クニスカ。細い目をさらに細めて思案の体を見せる。
「……カリオペ、クレイオ、エウテルペー、タレイア、メルポメネー、エラトー、ポリュムニア、ウラニア……そして、テルプシコル」
 最後に上げられた聞き覚えのある名前に、思わず身を固くするアーク。クニスカはそんなアークの反応に、ふうっとため息をついて応えた。
「あのテルプシコルって子は……今とは比べものにならんほど強い力があったといわれる古代のミュートスの中で、最強と認められた九人のミュートスのひとりや。いくらアンタでも——あの双子の相手をさんざんした後で、連戦できるような相手やない」
 クニスカはそこまで言って、ふっと、苦笑しながらアークを見る。
「まあ……命があっただけ、めっけもんやな」
 少し考えた後で、アークは視線を空の彼方へと泳がせる。
「今まで——ミュートスに関してクニスカから聞いてきたことは、本当だったんだな」
 ふうっ、と。重い息を吐いたアークだったが
「であれば、あの巫女が怒るのは道理だ」
 と言い置いて、似合わぬ自嘲めいた笑みを浮かべてみせた。
 それを受けたクニスカ。寂しいようなつらいような……なんとも神妙な表情でうなだれた。
「……なんか、申し訳ない気がするワ」
 怪訝そうな表情になるアークを余所に、沈んだ表情でクニスカは続ける。
「だって、ウチが帝国史なんて調べてるせいでこんな——知らなくてもエェこと、知ってしまったおかげで……」
 言いたいことがわかったのか。
 眉間にしわを寄せ、アークは難しい顔になる。
「アークがミュートス狩りで手柄たてられへんのも。マックが出て行ってしもたンも、こんな神殿を見にきたンも——ジンがミュートスについて行ってしもたのも」
 ここまで言って、クニスカは俯き加減に苦く笑う。
「みんな、ウチの研究のせいやンな」
「それは、関係ない」
 クニスカの言葉に。アーク、即座に首を横に振った。
 意外そうな表情で顔を上げたクニスカを、真っ直ぐ見ながら。
「ミュートス狩りは気が乗らない。それだけだ。それにずっと無知であれば良かったと言うのは、正しくない考え方だ」
 と、揺るがぬ口調で告げた。
「ジンもマックも——真実を告げて、そうなったのなら仕方がない」
 クニスカ、それを聞いてはあぁっと、長いため息をつき
「——アンタは、強いなァ」
 と、弱々しい声で呟いた。そして、一拍おいて、苦笑しながら顔を上げる。
「そこまで割り切れるとエェけど……よぉいわんワ」
 と、いつもと変わらぬアークを見た。そして、やおら両頬をはたいて気合いを入れる。
「よし……ウチはいったん帝都に戻るデ」
 何か吹っ切れたような表情で、クニスカはアークに告げた。
「まずは、ゴート卿に報告した方がえぇやろ。さすがに荷が重い話や」
 そういいながら、クニスカはその場で大きくのびをしてアークに向き直る。
「あと……自分なりに帝都で色々調べてみるワ。ゴート卿も何か知ってはるかもしれンし」
 アークは無言で自分の身体をチェックし始める。そして、骨折も怪我も無いことを確認し
「俺はもう少し状況を調べてから戻る」
 とクニスカに告げ、扉が開け放たれたままの神殿を仰ぎ見る。
「王族の復活と言うことになれば、ミュートスになんらかの動きがあるかも知れない」
 その答えを予測していたのか、クニスカはにっこりと笑って頷いてみせた。
「うん、じゃあ気ぃつけてや」
「そちらもな。武運を祈っている」
 そう言うと、軽く手を上げ。
 二人の帝国騎士は、それぞれ違う方向へと歩いて行ったのだった。

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