第1章:目覚め

#5:ドドナ郊外、山中(一)

 ジンはアークの蹴りを左腕で捌いた。
 見た目より遙かに重い蹴りによろけながら、本能的な恐怖心を押さえ込んで一歩前に踏み込む。眼前には、がら空きのボディ。ジンは右拳にぐっと力をこめる。
 そして、まさに刹那とも言える一瞬にジンはこんなことを考えた。
(何故、こんなトコにアークの膝があるんだろう?)
 次の瞬間。ノーガードのアゴにアークの膝蹴りを食らったジンは、たっぷり五分は気絶することになったのだった。

 ——そして、五分三十秒後。
「大丈夫か?」
 意識が戻ったジンの顔をアークはのぞき込んだ。
「うん、平気だよ」
 言いながらジンは顎に手をやり確かめる。だいぶ加減をしてくれた物か、痛みはあまり残っていない。
 アークはその様子を確認しながら、たき火にかけたポットの煮立ったコーヒーをどぼどぼとカップに注いだ。
「しかし、お前は本当に上達が早いな」
 言いながら、カップのコーヒーをジンに渡す。
「今日は一本取られるかと思った。思わず膝を入れてしまったよ」
 ははは、とカップを受け取りながら力なく笑うジン。
 その『思わず』ですら、思いっきり手加減の様子だから笑うしかない。
 そんなことを考えつつ、ジンはアークお手製の砂糖がたっぷり入ったコーヒーをすする。砂糖がたっぷり入っても苦みと酸味が相当に強く焦げ臭い匂いまでする……明らかに煮詰めすぎな一杯である。
 そんなジンを見て、アークはふっと微笑んだ。
「お詫びとして、今日は俺が晩飯の支度をすることにしよう」
 あ……、とジンが止める間もなく、アークは食材の方に向かった。
 ジンは、複雑な表情でナイフを取り出すアークを見ている。
 ちなみに、アークの料理のレパートリーは……

・肉の串焼き。
・魚の串焼き。
・野菜の串焼き。

 以上の三品である。

(せめて焼く前に下味は付けて欲しい)
 素材の味を活かすという意図が存在するわけでも無いのに、使われる気配すらなくスパイス袋の中にたたずむ塩やコショウたちを眺めつつジンはなんとなしに嘆息した。そしてアークは不揃いに肉をカットしながら
「明日は古代の神殿を見に行くぞ」
 と前振り抜きでジンに告げた。それを聞き、ジンはちょっと目を丸くする。
「神殿……って?」
 ジンの疑問に、料理長アークはあらゆる食材を男っぽくザク切りしながら話し続ける。
「なんでも三百年くらい前にできた、池のほとりの綺麗な神殿だそうだ」
 一度見てみたいと思ってな、と話すアークにジンはにっこり笑ってみせた。
「楽しみだね」
 そうだな、と。アークはジンを見もせずに、真剣かつ不器用に食材を串に通し続ける。
(父さんも、料理は下手だったなあ……)
 ここまでじゃなかったけど、と思いながらジンは、たき火の脇にざしざしと串を刺しているアークを見て心中で苦笑する。
 思い起こせば、物心ついたときには父親と二人で旅をしており。今はアークと二人で旅をしている。十四になった今でも、家庭はおろか住処すら定まったことはない。母親がどんなひとだったかも、全く知らない。

 ——多分、普通の人生じゃないけど。
  こう言うのも、なんかアリな気がするよね。

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