#50:イリオン近郊——イリオン暦五二五年

 林の中を、三人のムーサイの巫女がおのおのカゴを下げて歩いていた。
 先頭を小走りで進む、ボーイッシュで活発そうな巫女——タレイアはミディアムボブの赤毛を揺らして、絹のような金髪の巫女——テルプシコルを振り返った。
「テルプシコル! こっちにカミツレがたくさんあるよ!」
「わかったから前を見て走れ、タレイア」
 満面の笑顔で振り返りながら、全力で走る。そんなタレイアを見て苦笑するテルプシコルの後ろから、おずおずと
「あのぉ……テルプシコル姉様?」
 と。眼鏡をかけた幼い——年齢は十歳そこそこだろうか、いかにも気の優しそうな雰囲気の巫女——カリオペがテルプシコルの顔をのぞき込むように話しかけてきた。
「……これを」
 遠慮がちにカリオペが差し出したカゴの中には、淡い紅色の小さな花をつけたハーブが沢山摘まれていた。テルプシコルはそのうちの一本を手に取り、すうっと匂いをかいでみる。
「オレガノか。どこにあった?」
「……あそこに」
 ちょこん、と慎ましくカリオペが指さす先に紅色の花々が咲いていた。
 全部摘み取らないところが、この眼鏡の幼い巫女の優しさを現している。
 それを感じ取ったテルプシコル、優しげに目を細めカリオペの頭に手を置いた。
 ふわっと、柔らかい亜麻色の髪の感触が心地よい。
「本当だな。よく見つけたな、カリオペ」
「…………いえ」
 かあっ。
 そんな音が聞こえそうな感じで、テルプシコルの手のやわらかさを頭に感じながらカリオペは大赤面してうつむいた。
 そこに、前触れなく。ずさーっと派手な音を立てて
「テルプシコル! 摘んできたよ!」
 タレイアがサンダルの底を滑らせて戻ってきた。
「おお、沢山摘んだなタレイア」
 わしわし。
 カリオペの時よりも力強く、タレイアの頭をなでるテルプシコル。
「へへへへ」
 赤面こそしないが、実に照れくさそうにタレイアは笑う。
 その二人を満足そうに見たテルプシコルは、うーんと考える風になり
「あと、アニスがほしいな。タイムもな」
 と、どちらにともなく言う。
 そして、タレイアはそれを聞いて目を輝かせてどん、とカリオペの肩をどやした。
「よし、ボクはタイムを探すから、カリオペはアニスを探せ!」
「……はい、タレイア姉様」
 と、言うカリオペの返事も待たずに。タレイアは全力疾走で林の中に突入する。
 その後ろを、きょろきょろと横を見て下を見て、カリオペも懸命にアニスを探す。
「だから、走るなと言うのに。カリオペも前を見ないと……ふふ、仕方が無いな」
 そして、そんな二人の様子を見て思わず苦笑するテルプシコル。
 ふっと、楽しげに息を吐くと軽やかな足どりで二人の後に続いた。

 当時、テルプシコル十九歳。タレイア十五歳。カリオペ十一歳。
 ——イリオン受難、三ヶ月前の事だった。

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