#51:林の中(二)

 とぼとぼと。
 過去の記憶に沈みながら、テルプシコルは歩いていた。
 すでにハーブを探すことは忘れ、思い出に沈んでいる。
(そういえば……オレステスが言っていたな)
 そして、不意に。
 オレステスの言葉を思い出し、立ち止まる。
 馬車に乗り込み、暗闇の中取り残されたテルプシコルにオレステスが告げた言葉……
(タレイアが……殺された、と)
 ずきん。
 そのことを考えた途端、心臓が痛むくらいに鼓動が強まるのを感じて。
 胸に手を当て、きゅうっと目をつむる。
(アルコン翁が言っていたな——王家は全員殺された、と)
 ぐっと。テルプシコルは小さな拳を握りしめた。
 やがて息苦しさを感じ、やや長めのため息をつく。
(カリオペ……あの子に戦いなど、とても無理だろう)
 思い起こせば、今の自分くらいの身長なのか。
 ことさらに小柄なカリオペが、はにかんだように微笑んで自分の顔を見上げている。
 テルプシコルは、そんな事を思い出し
(あんな子供達を槍先にかけたと言うのか……!)
 ぎりっと歯を食いしばり、怒りの表情を浮かべた。
 王家は皆殺しの憂き目にあった……ということであれば、そういうことだろう。

 そして、ふと一拍置いて。
 テルプシコルは、なんともやるせない表情になる。

(わたしは……何をしているのだ?)

 本当は……今すぐにでも、仇を取りに行きたい。
 だが、もはやそれも叶わず。
 ただひとり、三百年の時を越えて生きることになった。
(ただひとり、か)
 仲よさげに薬草を摘んでいたジンとメイミィの様子を思い浮かべ。
 ただひとり、林の中を歩く自分の足下を見つめる。
(三百年も先の世に目覚め——糊口を凌ぐべく、こんなところで薬草を摘む……か)
 タレイアとカリオペの笑顔を思い浮かべ
(ひとりなのだな、わたしは……)
 ふ、と。
 寂しげに、独り嗤うテルプシコル。
 そんな風に顔を上げたテルプシコルの視界の先には小高い丘があり、そこにアニスが群生しているのが見えた。
 五十センチくらいの丈のアニスは、目立たぬようひっそりと茂みの中に映えていた。
 脳裏に浮かぶ巫女の顔に、テルプシコルは思わず微笑みをみせた。
(あったぞ、カリオペ……)
 ふらふらとした頭で。
 しっかりとした足どりで、テルプシコルはアニスへと近づく。
 アニスの羽毛の様に淡い、鮮やかな緑の葉が目に映えた。

「——あっ!?」

 草に覆われた地面と思ったところに地面はなく、深く抉れた崖の縁を下生えが覆っていただけだった。
 無論、足元を見れば気がついたのだろうが、小高い丘を見上げながら歩いていたテルプシコルはまったく気がつくことができず、さながら落とし穴にはまったかのように一気に谷へ落っこちてしまった。
「くっ——!!」
 テルプシコルは、とっさに目に入ったツタを掴んでぶら下がる。
(しまった……)
 細い手でかろうじてツタを掴んでぶら下がっているテルプシコルだったが、少し上の方に足をかけられそうな岩の出っ張りを見つけた。
(よし、あそこを足がかりにすれば上れるぞ)
 と、力を振り絞って少しつきだした岩に向かって足を上げる。
 そして、その瞬間気がついた。

(——そうか、子供になっていたか)

 十九歳の身体なら届いたであろう出っ張りに、小さい身体ではかすりもせず。
 テルプシコル、心中で嘆息し首を振った。
 その後で、リボンをほどいて言魂を紡ごうとしたものの。
(……無理か)
 片手でぶら下がる筋力すら無いことに気がつき、いよいよ進退窮まったのを感じた。
(死ぬのか……ここで?)
 手がしびれ、腕が重くなり……もはや身体を持ち上げることは出来ない。
(それも良いか……しかし、さえないものだな)
 感覚のない指……むなしく宙を蹴る足。着地場所を探し下を見ると谷は深く足がかりもなく、落ちたらただではすまない——多分、命を落とすであろう深さと言うことだけがわかった。
 どうにもならないと悟って、おもむろに苦く笑う。
(すまんな……タレイア、カリオペ)
 テルプシコルはいよいよ観念して、すっと目をつむった。

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