#57:カミニア郊外、山中——ロゴス暦二九六年(一)

 森の中、旅姿の十八歳のアークは、同じく旅姿の十歳のジンを少し心配そうな顔で見た。 
「本当に持って行くものはないのか?」
「うん、なにもないよ」
 屈託のない笑顔で答えるジン。
 山菜を摘んでいた時と比べ、違うのはマントを羽織ったことくらい。
(いくらなんでも、もう少し荷物があるだろう)
 とアークは思ったが、マントの下に背負った袋の中にすべて収まってしまうくらいしかなかったらしい。
「お父さんのお墓には挨拶をしてきたし」
 さっき聞こえた『いってきます!』と言う声がそれか、と。
 アーク、ちょっと微妙な表情になる。
 しかし、あまりにさっぱりしたジンの瞳……まっすぐに自分の瞳を見上げている……を見ると、余計なことを案じたと言う気にもなって。アークはやや苦笑気味に微笑んだ。

「じゃ、行くか」
「うん」

 その返事を思いのほか心地よく聞いたアーク。
 自分のペースより、ややゆっくり目に歩き出し。山を下り始めたのだった。
 そのあと一時間ほど山道を歩いたところで、程良い沢に行き当たった二人。
「ちょっと、一休みするか」
 と、小休止することになった。

 山道などを歩いているときには頭の中でいろいろな事を考えながら歩いているもので。
 アークとジン、無言で歩いてはいたものの道中ずっと気にしていたことがあったものか。
 水筒に水をくんでいるアークの背中にジンは
「さっきの、あの……盗賊達をやっつけた……」
 と。前振りなしで話しかけた。
 きゅ、と。アークはコルクの栓を閉めて水筒を荷物に戻す。
 そして、言葉を探すような感じのジンの方を振り返った。
「……ロゴスか?」
 質問を投げかけようと言葉を探している隙に、逆に質問されたジン。
 少し目を丸くして、聞き覚えのない言葉に首をかしげた。
「ろごす、って言うの?」
 その反応をすこし意外そうな表情でアークは見た。
「言魂を知らないか?」
 ジンは初めて聞く言葉に戸惑いながらも控えめに頷いた。
 それに対してアークは、なるほどとばかりにゆっくりと頷いて、ジンに向き直った。
「自分の口にしたことが力になる——言葉の持つ力、それが言魂だ」
 一から十まで話の道筋があったとしたら、いきなり五とか六から話し始める。
 そんな案配の、いかにも口べたのアークらしい説明を受けて、ジンは頭上に?マークを浮かべる。
「揺るがぬ信念を持ち、精神と肉体の鍛錬を積み……技を習得する」
 アークはまず、拳に息を吐きオーラをまとった。
「そうすれば、言葉は力を持つ」
 光を帯びたアークの拳を、ジンは目を丸くして見る。
 その視線を感じつつ、アークはすうっと息を吸い込む。
「『ビートグリップ!』」
 次の瞬間、言魂を込めてアークが殴った地面は——轟音を立て、大きくえぐれた。
 明らかに、鍛えた拳で叩いただけではこうはならないという打撃。
 驚きの表情で見ているジンに、アークは
「——これがロゴスだ」
 と言って、胸の前でぐっと拳を握ってみせた。
 いきなりの実演に驚きの表情だったが、少し考えて神妙な顔でジンはアークに尋ねる。
「僕にも、できるかな?」
 それはアークに向けられた、純粋な疑問の言葉。
 いままで学んだ言魂の理論や、様々な言葉がよぎる中。
 アークはオーラをまとったままの拳を、ぐっと突き出してみせた。
「……やってみるか?」
 ジン、アークの目をまっすぐ見て
「うん」
 と、真剣な表情で頷いた。

 アークは道の脇に立ち止まり、ジンと向かい合わせになる。
 やや不安げな表情で自分の事を見るジンに。
 大丈夫だという風に頷いて見せて、静かな声で告げた。
「精神を集中しろ」
 アークの言葉を受け、すっと目を閉じるジン。
 頭の微妙な揺れ、口のかすかな動きから精神集中がまだ不十分だと読み取ったアーク。静かな、そして落ち着いた口調でジンに言う。
「絶対に自分は揺るがない——そういう気持ちを持つんだ」
 それを聞いたジンの口から自然に息が漏れ、からだから不必要な力が抜ける。
 ぐらぐらと揺れていた頭がぴたっと収まった。

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