#59:ドドナ郊外、山中(二)

 ふと。
 アーク、思い出の縁から現実に呼び戻されたかのように立ち止まり。
 険しい表情で、道の先を睨み付けた。
(……血の匂い、か)
 はあっ。
 拳に息を吹きかけ、オーラをまとうアーク。
 拳が淡く光り、全身をオーラが包み込む。
(音はしない——動きはない、が)
 道の先からは、風に乗って血の匂いが流れてきており。事態が容易でない事をアークは悟る。
 アーク、はやる気持ちを静めるために。立ち止まって一回深呼吸。
(さて……行くか)
 拳を握りこみ、周囲の気配を探りながら。
 アークは、慎重に道を進んでいった。

 少し、道を下る。曲がり角を曲がった先、道の脇が空き地のように少し広くなっている。
 そして、血の匂いが一気に濃くなった。
「な……!?」
 そこでアークが見たものは——血まみれで倒れる、十五〜六人の帝国兵達の姿だった。
「おい、大丈夫か!?」
 叫びながら。その場に旅荷物を放り投げ、兵達のもとに駆けつけるアーク。
 どの兵からも返事はなく、呼びかけてもぴくりとも動かない。
(……ミュートス狩り部隊、か?)
 倒れている兵達の中に、騎士の姿は見えず。すべて一般兵のみで構成された部隊の様子。
 よく見ると、五体満足なものはほとんどおらず。
 鋭い牙に食いちぎられたような、鋼のような爪に切り裂かれたような、まるで大蛇に全身を巻かれて絞め殺されたような——そんな死体が道を埋め尽くしていた。
 アークは眉根に皺を寄せそれらの死体を見る。
(モンスターの群れに襲われたか……)
 虎や熊のようなモンスターと大蛇のモンスター。
 そんな無残な傷跡が多く残る、無念の表情で横たわった死体の数々を、アークは何ともやりきれぬ表情で見た。
 確かに言魂使いの騎士がいないことは不運だったが。だからといって、これだけの人数の帝国の正式兵がモンスター相手に全滅するというのは尋常ならざる事態と言える。
(ひどいな……モンスターの数が多く、なすすべが無かったのか)
 そして、アークは兵隊の横に転がる荷馬車や兵達の武装に着目した。
(弩、火矢に破城槌……鎖帷子に長槍——ずいぶんと重武装だな)
 それはまるで城攻めをするかの如き重装備だった。
(どこへ行くつもりだったんだ?)
 少なくともこの付近にそのような装備を使う城は存在しなかった。
 なんとも立派な、それらの武装をため息混じりに見ながら
(城を攻めるには良いのかもしれないが、モンスターには向かないかもしれないな)
 と、考えながらアークは弩に覆い被さるように死んでいる兵を、静かに抱き上げ地面に横たえた。
 そして、周りを見回し——モンスターがいないことを確認したアーク。
(せめて、丁重に葬ってやろう)
 と、地面に横たわる死体を一カ所に集め始めた。

 改めて見てみると。この部隊は急ごしらえの増派部隊だったのか、若い兵士ばかりで。
 おそらくモンスターの群れに遭遇して恐慌状態に陥ったのだろう。
 皆、恐怖を顔に貼り付けて死んでいた。
(平和な帝都から出てきたのか……よもやこんな目に遭うとは思っていなかったろうにな)
 眉根をひそめながら、一つ一つ丁寧に死体を運んでくる。
 多くの者は首を飛ばされたり、胴を裂かれたりしてはいたが、幸いに食われたものはいなかったようで、極端に酷く損傷している死体は無かった。
(食うためではなく、ただ襲っただけなのか……)
 そのことに違和感を感じつつ、アークは黙々と死体を回収する。
 苦しいような哀しいような、何とも言えぬ死に顔をやるせない想いで見る。

「——う、うぅ……」

 不意に。
 さながら地獄絵図と化した現場のどこかから、かすかな呻き声が聞こえた。

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