#6:ドドナ郊外、山中(二)

 ジンはそんなことを考えながら、薄曇りの空をなんとなしに見上げた。日はすでに傾いて、夜のとばりが降りかけている時間。たき火のあかりがジンとアークの頬をオレンジ色に染める。
 そして、肉の焼ける香ばしい匂いがあたりに漂った。
 ジンは串を一本手にとってクルクル回して焼き具合を見た。牛肉がちょうど良い加減に焼けているのがわかり、アークにその串をかざした。
「焼けたみたいだよ」
「よし、食べるか」
 そう言うと、アークは手近な串を手にとって迷い無くかぶりついた。
 ジンも手に取った串の肉にかぶり……つく前に塩を振り、ふーっと吹きながらかぶりつく。
 口の中に肉のうまみと程良い塩気が広がり、鍛錬で疲れたジンの身体に染み渡るようだった。
「——ちょっと、固いな」
 もごもごと。かみ切れない肉に苦戦をしているアークを見て。
(あと、焼く前に……筋も切ってほしい)
 肉の筋に直行する感じで、すっすっと包丁を入れるだけでいいのになあと心中嘆息しつつ、ジンもかみ切れない肉との闘いに身を投じた。
 それでも、小三十分ほどであらかた串焼きを食べ終わり、食後のお茶をいれるジンを見てアークは何かを思い出した表情になった。
「そうだ、ジン……」
 荷物の奥から、ごそごそと袋を取り出す。
「鍛錬が終わったら渡そうと思ってたのだが……」
 それどころではなかったからな、と苦笑いしながらその袋をジンに渡す。
「僕に?」
 頷くアークを見て、ジンは袋の中をのぞいた。
「——グラブ?」
 中から出てきたのは、一対のグラブ。
 今、ジンが使っているものと違い、ずいぶんとしっかりした作りのものだ。
「お前のロゴスは、本当に強くなった。修行に一心に打ち込んだたまものだろう」
 アークはそう言って柔らかく微笑んだ。
「そろそろ、しっかりしたグラブを使わないとな」
 受け取ったグラブをジンはおそるおそるはめてみる。
 上等な蚕魂で厚手に織られた生地で丹念に仕立てられたグラブは、まるで今までも自分のものであったかのようにしっくりとジンの手になじんだ。
「——ありがとう、アーク!」
 満面の笑みで礼を言うジンを見て静かに、でもうれしそうにアークは微笑んだ。そして、たき火の炎を見ながら、ぽつりと話し始める。
「俺たちが発するロゴス……自分の言葉を力にできる、その力の源は信念だ」
 しっかり握った拳を自分の胸に当て、アークはしっかりとした口調で語った。
「何かを信じ、貫こうとする意志がロゴスの強さを決める」
 ジン、黙って真剣にアークの言葉を聞いている。
 アークはグローブをはめたジンの手に自分の手を重ねて。少し間を空けて語り続ける。
「もし、拳を振るうときに迷いが生じたとき……このグラブを見て、俺の話を思いだせ」
 緊張したような表情のジンに、微笑んで見せたアークはジンの手に重ねた手をぎゅっ、と強く握った。
「何が起きても揺るがぬ信念を持つ——ジン、お前なら絶対に大丈夫だ」
 と、ジンの目を見ながらアークはゆっくりと頷いた。
 そしてジンも、力強く頷いて新しいグラブをアークに見せるように
「うん!」
 と。力強く、拳を握り込んだ。

 そして、ジンは雲が晴れて星がちらほら見えてきた空を見上げた。
 暮れなずむ空に、たき火の火の粉がふわふわと上っていく。
(明日は良い天気だといいな)
 ほんの少し痛む顎をさすりながらジンは、まだ見ぬ古代の神殿に思いを馳せるのだった。

公開 : (1402文字)

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