#60:ドドナ郊外、山中(三)

 声のした方向を見ると、血だまりの中で苦しげに顔をしかめる若者がひとり。
 数人の仲間と、折り重なるように倒れていた。
「大丈夫か!?」
 すかさず駆け寄って、抱き起こす。
 あ、ぐ……と。声にならぬ呻き——それもかすかな——を若者は漏らした。
 それを聞いた瞬間に理解する——もう、手遅れだということを。
 ぎゅっと唇を噛みしめたアークは雑念を飛ばすように首を強く横に振り
「しっかりしろ!あきらめるな、返事をしろ!!」
 と。若者の意識をつなぐべく大きな声で、叫ぶように声をかけ続ける。
 ひゅう……と弱々しい呼吸音が聞こえた。
「どうした、何があった!?」
 その言葉に、少しだけ目に光をともした若者がいた。
 彼はすでに焦点を結ばない目でアークを見上げ、かすれた声で言う。

「き、キマイラ……化け物——!」

 ごふ。
 そう言った直後に血の塊を吐き、崩れ落ちる若者。
「おい!しっかりしろ、おい!?」
 肩を揺さぶるアークの呼びかけにはもはや応じず。
 思い出した恐怖に目を見開いて。若者は、そのまま息をひきとった。
(キマイラ……?)
 その若者のからだを、そっと地面に横たえたアーク。
 眉間に深く皺を寄せ、重い息をついた。
(子供の頃に読んだ本に書いてあったな……ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つおとぎ話の中のモンスター)
 そして、口から火を吐き。平和に暮らす人々を、見境なく襲ったモンスターは最後に天馬に乗った英雄に退治される——そんな話だった。
(確か、槍を使って退治したんだったな……)
 英雄がキマイラを退治した方法を思い出そうとして、ややあってため息をつく。
(……三百年前の巫女だけでなく、そんなモノまで出てきたのか?)
 まるで自分までおとぎ話の世界に放り込まれたような。
 そんな気分になったアークは軽く首を振ると、生い茂る木々の隙間から見える空を見上げた。
(一体、何が起こっているんだ?)
 考えても答えは出ない。
 アークはもう一回ため息をついてから。放置された装備の中からスコップを拝借し、大きな穴を掘り始めた。

 そして、一時間後。
 すべての死体を埋葬し、花を供えて黙祷すると。
 ふむう、と腕を組んで空を見上げた。
(ここまでの事態は、流石に俺の手にあまる)
 と、アークは空を見上げたまま嘆息した。そして、とりあえず街道脇によけた、使われることのなかった城攻め装備を眺めた。
 これほどに重武装の十五人の帝国兵がなすすべも無く殺されてしまった——そんなことをしてのけるモンスターが帝国領内をうろついている。
 そして一方では——ミュートスの王族が復活を遂げ、帝国を敵視して姿を消した。
(俺も一度帝都に戻り、クニスカと同じくゴート卿に指示を仰ぐか)
 アークはゆっくりと荷物を拾い、地図を広げる。
 そして地図を見た後、一回だけ現場を振り返り黙祷を捧げ。
 なにやら得体の知れぬ、嫌な予感に苛まれながら。
 アークは街道に向かって、小道を下っていったのだった。

公開 : (1226文字)

ページトップ