#63:ベルメト近郊、山中(三)

 そして。
 所在なさげにテルプシコルは二人からちょっと離れたところに立っていた。
 調理スペースが限られているのもあるが、テルプシコルの料理の腕がからっきしだと言うことも無視できないファクターだといえる。
 手持ちぶさたな感じで、テルプシコルは件の男に話しかけた。
「一体、何があったのだ?」
 テルプシコルの問いに、男は残り少なくなったパンをかじりながら
「路銀が尽きた。三日ほど何も食ってない」
 と、剛毅な口調で情けないことを言い放った。
「森とか川で、なにか取れば良いではないか?」
「ガキの時分、適当に摘んできた毒キノコをかじってエラいことになったから、おっかなくてな」
 困ったものだな、とあきれ顔のテルプシコルと、悪びれもせずにパンの最後の一口を平らげた男のところに、じゅうっと何かを炒める音と共に実に良い匂いが漂ってきた。
「うまそうな匂いがしてきたな」
 そう言ってテルプシコルはメイミィの方に歩み寄る。
 メイミィはニンニクの香りを移したオリーブオイルでタマネギを炒めており、ちょうど良い具合に火が通り匂いが程良く上がって来たところだった。
 それから、トマトを除く残りの野菜を鍋に投入。手際よく混ぜながら具材を炒め出し、あたりはさらに良い匂いで満たされる。
 次の瞬間、男の腹の虫がぐうぐうと鳴き始めた。
「こりゃあ、空きっ腹にゃあたまらねェや」
「お主、ホリアティコを一人で平らげたばかりではないか!?」
 すかさず入ったテルプシコルのツッコミだったが、実はパン一個では男の空腹はおさまっておらず、むしろ眠れる獅子を呼び覚ましたとばかりに激しい空腹感に襲われていたのである。
 呆れ顔のテルプシコルをよそに、メイミィは鍋の中にトマトを投入し、さらに水を入れ弱火でくつくつと煮込み始めた。
 野菜たっぷり……というか、具が野菜しか無い鍋をぐるぐると木べらでかき混ぜながら
「おなかがすいたね。おいしいものを作ろう♪」
 と、メイミィは鼻歌交じりで料理をする。
 この歌は、メイミィの母親が料理をするときに歌っていた歌で。
 メイミィも料理をするときには、半ば当たり前のように口ずさんでいるものだった。
「たくさん食べて、元気になろう♪」
 弱火でコトコトと煮込まれている鍋の中身は、まだ調理途中なのにもかかわらずなんとも美味しそうなシズル感に満ちていた。

 そして、空腹でもうろうとしながらその歌を聴いていた男だったが
(あァ……いいもンだ、なあ)
 と。涙が出そうなくらいに心が安らぐのを感じていた。
 男の視線の先で、メイミィは鍋の中身をしばらく煮込んだ後で少し味を見て、塩とコショウでささっと味を調える。
 そして、うん! と元気よく頷くとオリーブの木で作ったボウルにたっぷりとスープを注いだ。
「はい、おまたせー! 熱いからゆっくり食べてね〜」
 と、ほかほかと湯気を立てるボウルを男の前に持ってくる——はらぺこ男の眼には、そんなメイミィがまるで女神様のように映った。
「済まねェ、恩に着る!」
 メイミィに深々と頭を下げて、男はボウルを受け取った。そして、ふうっと冷ますのももどかしく、木製のスプーンでスープを一口。
 野菜が煮崩れてどろっとしている見た目の印象よりも、スッキリと繊細な味わいのスープは、空腹の胃にじわ〜っと優しく染み渡る。
 味は言うまでもなく美味しく、大地の滋養に満ちた野菜のスープは一口食べるごとに男の体力を回復していくかのようであった。
「具が野菜しか無いけど、ゴメンね。ベーコンとかあれば良かったんだけどね〜」
 物も言わずに食べている男に、メイミィは鼻の頭をかきながら弁明する。
 男はすぐさま首を横に振り、スープボウルを手に満面の笑顔を作った。
「うまいなぁ……うまい!」
「おなかが空いてるのが、一番の調味料だからね」
 でも、よかったと。その男の様子を見て、メイミィはちょっと照れくさそうに笑う。
 その横で調理器具を片付けていたジンは、なんとも美味しそうに食べる男を見て
(でも……一体、何者なんだろう?)
 と、ドタバタで聞きそびれた男の正体とか事情とかに釈然としないものを感じていた。

公開 : (1700文字)

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