#66:森の中(一)

 その森は、ひんやりと薄暗く。少し不気味な雰囲気を醸し出していた。
 だが。
 テルプシコルの言う『人蔘』はまさにこのような日当たりが悪く、じめっとした落葉森林に自生するものであった。普段は適当に歩いて目についた薬草を摘んでいるのだが、この場では二人とも高級薬草である人蔘一択狙いで、目を皿にして昼なお暗い森の中を歩いていた。
 そして、ほど良く歩いたころ……
「お?」
 メイミィは視界の隅に何かがよぎった気がして立ち止まった。
 ちょっと気をつけてあたりを見回したところ、斜面にへばりつくように咲く小さい紅い花を見つけることができた。
「あったあった!」
 正確には紅いのは種だそうだが、なんにせよ花の下に伸びている根っこに薬効のある人蔘で、市場に持って行くと結構良い値段で引き取ってくれるのである。
 メイミィはほくほくしながら傷めたりしないように、慎重に地面の中の根——人蔘を掘り出す。人の形を思わせるように枝分かれしていて、長さはざっと四十センチ弱。
 テルプシコルは少し目を丸くして後ろからのぞき込んだ。
「おお、結構な大物だな」
「探してみるものだねぇ」
 何年物か解らないが、それなりに立派なサイズの人蔘である。
 また、根っこほどではないものの花にもそれなりの薬効があるので、メイミィは根と花の両方を丁寧にカゴの中に入れた。
「よし、もう少し何か摘みながら帰ろう」
 メイミィは言いながら腰をうん、と伸ばす。テルプシコルもうんうんと頷きながら薬草を摘む。
「そうだな。ジンと……マックか?——あのデカブツも待っているしな」
 人里離れているせいなのか、割とわかりやすい場所に薬草が群生しており、二人は上機嫌に摘んだ薬草をカゴの中に入れていく。

 ——バキバキ!
 と、不意に。
 森の奥の方から激しく下生えや枝を踏みしだく音が聞こえた。
「なんだ?」
「……テルちゃん、危ない!」
 とっさに叫びながら、メイミィは無防備に立っていたテルプシコルの襟首をひっつかんで力任せに引き寄せる。
 その判断は正しく、テルプシコルが立っていたあたりの茂みから……巨大な影が飛び出してきた。

「な!?」
「いっ!?」

 ——化け物。
 一言で言うと、その言葉しか思い浮かばない。
 それほどの異形の生物であった。

 ぱっと見は人間。それも憤怒の形相を浮かべている若い男。
 ただ、肌の色はどす黒く、山羊のような角も生え、一見して人間では無いことがわかる。
 いや、本当の『化け物』ポイントはそこではなかった。
 特筆すべきは、男の両腕。
 筋骨隆々とした男の腕は、肘から先が無かった。
 ……いや『無かった』と言うのは正確ではない。
 元来、腕がついているべき肘から先に——獣がついていた。

 右腕には、たてがみも雄々しい雄獅子が。
 左腕には、鱗の一枚一枚が禍々しくぬめる大蛇が。
 人の腕の代わりに、肘の先から生えていた。
 男、獅子、そして大蛇はおのおのが口を大きく開け、目を血走らせる。
 よく見れば、どこかで戦ってきたのだろうか——おそらくは大部分が返り血だろう——血にまみれた姿で荒い息を吐いていた。

「なんだ……これは!?」
 愕然と目を大きく見開いて、テルプシコルは驚愕の表情をあらわにした。
 眠りにつく前の十九年の人生……そして、目覚めてからの十日あまりの人生を通して、こんな奇怪な生物は見たことが無かった。
「モンスターだよ! でも、人間のモンスターだなんて……!」
 通常、モンスターと言えば獰猛な獣がなるものと相場が決まっている。
 何種類の獣が一つのモンスターになっている事も……ましてや、その中に人間が紛れている事も、辺境育ちのメイミィですら見たことも聞いたことも無いものだった。
 あまりの恐怖に、二人は声を失って凍りついていた。

 モンスターは、どす黒い霧の様な障気を全身にまといながら。
 最初は、左腕から伸びる大蛇の冷たく光る目で。
 次に、右腕で不機嫌そうに唸る獅子の怒りの目で。
 最後に、曲がりくねった角が生えた男の血走った目で。
 数メーター前に立ち尽くすテルプシコルを見た。
 その瞳は狂気のそれで、話など通じぬような底知れぬ憎しみに満ちていた。

「あ、あ……」
 まさしく『蛇ににらまれた蛙』の如く。
 三組の禍々しく光る瞳と目を合わせながらテルプシコル。
 その場に凍り付いたかのように、恐怖に目を見張ったまま立ち尽くした。

公開 : (1800文字)

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