#72:森の中(七)

 そのあと、ずいぶんとボロボロになったシャツをつまみ
「それはそうと血を流してェな。水場はないもンかね?」
 と、独りごちながら、マックは水辺を探そうとあたりを見回し、ふらっと歩き出そうとする。
 その瞬間——まるで下手なスケートをはいているかのようにバランスを崩し
「……っとっとィ」
 と、派手にふらついて、咄嗟に傍にあった木に抱きついて身体を支えた。
 あ、と凍り付いた三人の様子に気がついたものか、マックはバツの悪そうな表情で苦笑する。
「いけねェ、だいぶ動いたから腹でも減ったかな?」
 と、大量出血のためだろう、血色の悪い顔で笑うマックに
「じっとして!」
 と、メイミィは強い口調で言った。そして、その声に驚いたのか思わず動きを止めたマックの胸板にすっと両手を当てる。
「おいおい……手が血で汚れちまうぞ」
 自分が助けを求めたがために、いのちに関わりそうな重傷を負って。
 なおメイミィの手が汚れることを気にしているのんきな……血まみれで突っ立っている大男を泣きそうな顔で見上げたメイミィ、オーラを練り上げ深々と息を吸い込む。
「『おねがい、治って』」
 と、メイミィは精一杯の癒しの言魂を紡いだ。
 やわらかく、あたたかく。ぽおっとメイミィの手のひらが光り、その光がマックの全身を優しく包みこんだ。
 次の瞬間、目に見えて全身の傷がふさがっていくのを見て、貧血気味の身体がみるみる回復していくのを感じて、マックは言葉を失ってただ驚きの表情になる。
 そして、テルプシコルはため息混じりにマックの背中に手を置いた。
「……一回じゃ治らんな。まだ、動くなよ」
 恐怖と驚愕に心が捕われ、モンスターに何も出来ず……むしろ足手まといになった。
 そんな自分のふがいなさと、そして何より申し訳なさを感じながら
「『直ちに癒えよ』」
 渾身の癒しの言魂を、テルプシコルは紡ぐ。
 ぱあっ。
 メイミィとは少し違う感じに輝いたテルプシコルのオーラが、マックの身体を包み込む。
 あり得ないことに——身体に開いた刺し傷が、身体の内側からみるみるふさがっていくのを。
 傷口からとくとくと流れていた血がぎゅうっと止まるのをハッキリと感じ……
 マックはただただ、ぽかんと口を開けて立ち尽くしていた。
 そんなマックの顔をのぞき込み、心配そうにメイミィは尋ねる。
「どう?」
 はっと我に返り、マックは自分の身体を見た。
 まだ傷は残っているが血は止まっており、あとは自然に傷口がふさがるのを待つだけ——そんなコンディションだった。
「ウンと楽になった。ありがとう」
 礼を言いながらマック、少し神妙な顔になる。
 そして、やおら居住まいを正し、神妙な顔のまま三人に向き直った。

「——ミュートスとは気が付かなかった」

 その一言——強力なロゴスを使う男の、その一言にジンが動いた。
 テルプシコルとメイミィを守るようにとっさに二人の前に立ち、構えをとる。
(まさか……賞金稼ぎ!?)
 オーラをまとって構えを取りながら、ジンは不安にかられていた。
(僕で、どうにかなるのかな?)
 アークと同じくらい……パワーだけ見ればそれ以上——そんな印象だった。
 人間相手や純然たる獣のモンスター相手とはあまりに勝手の違う未知の怪物を相手にしても、自分たちを守り通してみせた。
 勝つか負けるかの瀬戸際まで追い込まれてはいたものの、自分がモンスターの相手をしていたのならおそらく一撃食らったら終わりだっただろう。
 スタミナもテクニックも——なにより、不測の事態に充分に対処してのけた実戦慣れしたマックの戦いぶりを思い出しジンは、ぎゅっと拳をにぎりしめた。
 そして、マックの一言に目を丸くしたメイミィと、表情と身体を硬くしたテルプシコル。
 そんな三人の反応には特に頓着せず。マックは不安げな顔の三人にこう付け加えた。

「実は俺ァな……帝国騎士だったんだ」

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