#75:森の中(十)

 用心棒の相場はわからないが、少なくとも一日十ドラクマはくだらないだろう。
 そのジンの台詞に、同調して困った顔になった残り二人を見て、マックは屈託なく笑って見せる。
「なァに、金なんざァいらネェや。メシを食わせて貰えれば大満足ってェもンだ」
 と、男っぽく言い放ったマックだったが、ちょっと考えた後で、こう付け加えた。
「まァ、十日にいっぺんくらいカレーを食わせて貰えば言うことはねェやな」
 きょとん、という音が聞こえそうな感じでマックの希望を聞いたメイミィ。
 意外そうに目を丸くして、マックの顔を見上げた。
「そんなので良いの?」
 宿泊は野宿、食事は野外で自炊、カレーだって高級料理とはほど遠い。
 そんな条件で命を張る用心棒なんて聞いたことも無かったが、当のマックはまるで気にしない様子で気楽に笑った。
「ああ、メイミィを守りながら旅できるんだからな。それだけで十分だ」
 自分の問いに対し、思いっきり予想外の答えが帰ってきたメイミィは、これまで丸くしていた目をさらに丸くして
「へ?」
 と、すっとんきょうな声を上げる。
 そんなメイミィの目をまっすぐに見て、ボロボロになったシャツの胸のあたりに手を当てながら、マックは屈託のない表情と声で言った。

「俺はメイミィを守ると決めた」

 その一言は、さっきの騎士を辞めたという一言よりもある意味強烈で、三人の目を瞬時に点にした上、三人の口もぽかーんと開け放させてしまうほどの破壊力を持っていた。
 あまりに予想外な一言にただただ言葉を失って棒立ちになるメイミィを、マックはまっすぐに見つめて話しを続けた。
「メイミィに拾ってもらわなけりゃ、俺は道端で餓え死にだった。今も丁寧に怪我を治してもらった。その恩義を返さなきゃ、戦士としての面目が立たねぇ」
 話の筋は、通っている。
 でも、命をかけるほどのことか?
 そんな表情のジンとテルプシコル、そして鳩が豆鉄砲のメイミィ。
 マックは、ドンと分厚い胸板をロゴスグラブをはめたままの拳で叩いてみせた。
「戦士が返せるのは拳と身体だけだ。メイミィのことは俺がこの身にかえても守ってみせる」
 そこまで来て、言っていることをようやく理解したものか。
 当のメイミィ、目をまんまるに見開いたまま、少し顔を赤らめる。
「も、もお……調子狂うなあ」
 そして、少し足下を見た後で、メイミィはまだ赤らんでいる顔でマックを上目遣いに見ながら
「じ、じゃあ……えっと……よろしくね、マック」
 と、はにかんで笑う。
「おう。こっちこそよろしくな、メイミィ」
 たった今、死闘を繰り広げた男と思えぬくらいにサッパリと、マックはメイミィの顔を見てうれしそうに微笑んだ。
「ところで……」
 そんなマックの背後から、釈然としない表情のテルプシコルが
「カレーというのは何なのだ?」
 と、実に基本的な疑問を投げかけた。
 そして、その言葉を聞いて、マックはちょっと意外そうにテルプシコルの顔を見る。
「お? 食べたことないか?」
 今までの記憶をたどったテルプシコルであったが、どうにも該当する料理を思い出せず
「うむ」
 と、素直に頷いた。
 考えてみれば、普通に食べているものの、他の料理に比べ不自然なほどスパイシーなカレーという料理を思い浮かべ
(三百年前には無かったのかなあ)
 と不思議そうな顔でテルプシコルを見るジンとメイミィをよそに、言い出しっぺのマックはうれしそうに笑った。
「よし、じゃあ今晩作ろう!」
 ——なんで、そうなるの?
 目を点にしてあきれるジンの横で、メイミィはマックに尋ねた。
「マックがつくるの?」
 見るからにキッチンとは無縁で
『得意料理は冷や奴。切らずに出すのが俺流だぜ!』
 とか言い出しそうな雰囲気をぷんぷんと漂わせていたマックを、意外そうにメイミィは見た。
 メイミィの横でテルプシコルも、大丈夫なのかと猛烈に不安げな表情を浮かべている。
 だが、当のマックは自信ありげにニヤリと笑いつつ
「おう!楽しみにしてな!」
 と。それはそれは威勢良くサムアップしてみせるのだった。 

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