#76:森の中(十一)

 そして。
 ドタバタしたし、癒しを受けたとはいえマックが大怪我もしたし。
 まだ夕方と言うには早い時間だったが、歩みを進める気にもなれなかった一同。
 ちゃんとかまどを組んだり、水を汲みに行ったり——すっかり忘れていたが、血まみれのマックが水浴びして血を流したりもして。
 今日は、この場所に腰を落ち着けることにしたのだった。

 一息ついて落ち着いた頃、夕飯の調理が始まった。
「今日は食料袋の中に残ってる野菜を頂戴して、野菜カレーを作ろうと思う」
 と高らかに宣言した、調理長マックの指示はこんな感じだった。

・トマトの皮を湯むきしたあとで、種をのぞき豪快に大きくザクザク切るべし。
・タマネギは半分をみじん切りに、もう半分は歯ごたえを残すべく縦向きに薄切りすべし。
・ニンジン、キャベツ・ジャガイモは大きめに切るべし。
・ジャガイモは煮崩れ防止に水にさらしておくべし。
・カボチャ、ピーマン、パプリカは薄く小さく切るべし。
・米は固めに炊くべし。

 一気に言い終わると、マックは各自にジャガイモを手渡して、心底楽しそうに笑った。
「よし、始めるぞ!」
 そして、各自野菜の皮むきを開始する。
 ジンもメイミィも料理の経験はそれなりにあり、包丁さばきも普通にこなすのだが
(本当に元騎士か?板前ではないのか……?)
 と、テルプシコルを瞠目せしめるほどのスピードで、まるでろくろを回しているかのようにするすると、マックはジャガイモの皮をむきまくる。
 あっという間に三つほど片付けて、何かに気がついたかのようにぎょっとした表情で顔を上げた。
「おいおい、テル助! それじゃァ、手ェ切っちまうぞ!」
「何?」
 皮をむく、というより右手のナイフで左手にガッと掴んだジャガイモを『彫っている』かのごとき危なっかしいテルプシコルの手つきをマックは慌てて制した。
「包丁はそのままで、野菜を動かすンだ!」
 ——と、マックに言われた意味がわからずジャガイモとペティナイフを持ったまま、テルプシコルは目を点にして動きを止めた。
「だから、こんな案配で……あんまり、料理しないのか?」
 包丁を持った右手を固定して、左手で野菜を回すように切るのを見せながら、マックは怪訝そうに首をかしげる。
「あのね、マック……」
 少し顔を赤らめて下を向いちゃったテルプシコルの代わりに、メイミィがちょっと苦笑しながらとりあえず言ってみる。
「テルちゃんって……本当はお姫様なんだよ」
 だから、多分料理とかしたことないんじゃないかな、と言うメイミィのフォローを聞いたマックはさらに怪訝度を増した表情になった。
「それァ……蝶よ花よと包丁も持たされずにヨ。姫さまよろしく、ちやりほやり育てられたってェことかい?」
 なんとなく、嫌そうなマックの表情を見てジンとメイミィは揃って否定する。

「違うよ、マック! テルプシコルは本当にお姫様だったんだよ!」
「あのね、マック。実はね……」

 ジンとメイミィが身振り手振りを交えて、件の事情をマックに説明し始める。
 それを聞いて、マックは鳩が豆鉄砲を食ったように目を点にしていたが……

「冗談はよしこさんだ。だいたい、三百年も寝てられるかい? 俺なんざ、十時間も寝ればよく寝たどころか、寝過ぎて逆に頭が痛くなるぜ」
「十九歳ってことがあるかい。大負けに負けて、十一歳ってトコだ」

 とか。
 もの凄い勢いで野菜の皮をむきながら、懐疑的な口調で反証するマック。
 それに対して『いやそれは……』と、たどたどしくも根気強く説明するジンとメイミィ。
 その傍らで、話は一切耳に入らぬとばかりに。真剣に、ジャガイモの皮を教えられた手つきでちょっとずつむき続けるテルプシコル。
 なかなかに変な空間であった。

 そして、二十分が経過した。
 しゃべり通しで、すっかり声がかれてしまった二人と。
 ようやく、ジャガイモ——最初の一個だ——の皮をむき終えてご満悦のテルプシコルと。
 結局、最初に指示した下ごしらえを全部——いや、ジャガイモ数個の皮むきを除いて——自分でやっちゃったマックと。
 そんな四者三様の中で、思案顔だったマックは得心げに深く頷いた。

「なるほど、不思議なこともあるもンだなあ」

 その一言を聞き、安堵と疲労のため息をつくジンとメイミィ。
 当のテルプシコルは、話が読めぬ風に首をかしげたのだった。

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